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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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 ロザリアの、指先が震える。
 何か言わなければならない。
 女王陛下に向かって、なんという不遜な言葉を吐いたのだと。
 宇宙を統べる尊い方に、いくら女王候補とはいえ、少し前まで同じ年代の娘たちと、笑ったり泣いたりしながら過ごしてきたごくごく普通の少女が言うべきことではないと。
 なのに唇は動かない。
 ただ、何かの予感に脅えている。
 静まりかえったその中で、誰よりも早くディアが動いた。
 「……お控えなさい」
 ディアは、いつもの穏やかで優しいものとは異なる強ばった表情と声で、アンジェリークに向かい、言い放った。
 そうだ、と心の中でロザリアも思い、ようやく動くことができた。
 「アンジェリーク、あなた何を言っているの。落ち着いて……」
 歩み寄り、肩に手をかけた瞬間、強い力でパンッと払い除けられた。驚くロザリアを一瞥もせずアンジェリークは、幕に向かい、なおも叫ぶ。
 「今すぐ全ての星に力を送るのはやめて! 星の声を聞いて!」
 まるで自分の存在を無視されたかのような扱いに、怒るよりも先に大きな衝撃を受けて立ちすくむロザリアを後目にディアが、アンジェリークの幕を握り締める手首を掴んだ。
 「……あなたにいったい……陛下の何がわかると」
 そのとき、今度はロザリアの前をきらりと光る波が通り抜けた。
 ……ジュリアス……?
 ジュリアスは、ディアとアンジェリークのすぐ脇の幕の前で跪くと、辛うじてロザリアの耳に入るほどの小声で告げた。
 「……『八月の海』を、いったん陛下へお返しします」
 はっとしてロザリアは、ジュリアスを凝視する。
 「陛下にも……人心地ついていただきたく……」
 ロザリアには、ジュリアスが何を言っているのかわからなかった。
 八月の海。
 わたくしたち−−わたくしとジュリアスの、八月の海。
 ……どういうこと?
 ただ、その言葉を聞くなりアンジェリークから手を離したディアが、ジュリアスのもとへ向かうと崩れ落ちるようにして膝をついた。ディアを起こそうとジュリアスが手を差し伸べる。
 そのディアは、ジュリアスの腕の中で震えていた。
 「……陛下を……たす……け……」
 絞り出すような悲鳴にも似たその声に呼応するかのように、今度は黒い波−−クラヴィスがロザリアの側を過ぎ、掌から柔らかな紫色の光の塊を差し出すと幕の向こうへとすい、と押し出した。その光はあっという間に幕の中へ溶け込んでいく。
 それを見届けるとジュリアスは、片手でディアを支えたまま、もう片方の手を床につけ、頭を垂れて幕の向こうへ告げた。



 「私は、アンジェリークを支持いたします」



 ロザリアは、あたかもその言葉によって押し出されたかのように、幕を頼りに掴み歩きしながら後ずさり、無意識のうちにジュリアスたちや、玉座のすぐ下で控えている守護聖たちから見えない所まで来ると、力尽きたようにずるずると座り込んだ。



 ジュリアスが認めた。
 わたくしではなく、アンジェリークを。



 ジュリアスが拒む。
 十六のときも。
 そして十七の今も−−
 わたくしを、拒み続ける。