あなたと会える、八月に。
再び眠ってしまったアンジェリークを起こさぬよう、ジュリアスは静かに退室し、執務室へと向かう。
もうすでに、星の間に守護聖たちはいない。
いたって宇宙は安定した状況となり、詰めている必要がないと王立研究院のパスハと守護聖たちとの間で意見がまとまり、それを女王へジュリアスが上申して、とりあえずは交替で執務室に控えていることになったのである。
その後ジュリアスは女王に向かい、ロザリアを自分の一存で主星へ戻した−−家に帰らせた−−ことについて、いかなる処分をも受ける覚悟である旨、申し出た。
けれど女王、そしてディアももう何も言わなかった。
何故ならそれは、休んでいたためその場にいなかったアンジェリークへ、先程ジュリアスが告げたとおりだったから。
つまり−−
ロザリアはロザリアなりに努力した。
ただ、あまりにも……天賦、というべきものの差があり過ぎた。
それだけのこと。
それに尽きること。
だから。
ジュリアスは思う。
私は、アンジェリークを女王と定めたことについてロザリアに謝るつもりは毛頭ない。
謝るという行為は、全力を尽くしたに違いないロザリアに対し……無礼である。
もちろん、アンジェリークがそのような悪意をもって謝りたいと言っていた訳でないこともジュリアスは理解している。良き友人だと思っていたロザリアが、自分に黙って去ってしまったことへの驚きのあまり混乱しただけだ。落ち着いて考えてみればわかる話であり、アンジェリークはわかってくれた。
すぐ泣き、すぐ笑う。
遊星盤で腹這いになって育成する大陸を見守った、破天荒<はてんこう>な新女王。
悩んだり壁に突き当たることも多いかもしれない。けれど、あの、フェリシアとエリューシオンの押し花のカードはきっと、そんな彼女の心の支えになるだろう。そしてそれこそが、あのカードをアンジェリークに託したロザリアの望みでもあるだろう。
そのロザリアを踏み越え、新しい女王アンジェリークは生まれた。
しっかり盛り立てていかねばと、ジュリアスは強く心に誓う。
ふとジュリアスは、執務室への通路沿いにある窓の外を見やる。そこは今まさに日の光が輝き始め、辺り一面を明るく照らしつつある。
聖地での一夜が明ける。
だからもうとっくに、ロザリアのいるカタルヘナ家の館には、いくつもの朝が、昼が、夜が、訪れては慌ただしく過ぎ去っているはずだ。そうしてロザリアの時は、ジュリアスのそれよりもずっと、先へ先へと進んでいく。
昨日の夜はこの腕の中にいて、同じ時を過ごしていたのに−−
思わずジュリアスは立ち止まる。
立ち止まって、ぎゅっときつく目を閉じる。
同じ時はもう来ない。
私とロザリアの時は重ならない。
少しずつ近づいて、あっという間に離れていく。
それでも−−
八月には会える。
私の大切な、あの家族−−あの『子ども』と。
また、会える。
それ以上、何を望むことがあるだろう?
それで良い。
目を開き、再びジュリアスは窓の外、すっかり明けた空を眺める。
突き抜けるような蒼い空。
その下にある、海を思う。
その海にいて、飛沫をあげて泳ぎ、笑う『子ども』を。
そして−−
優雅に微笑み、あるいは情熱的なまなざしで見つめる、蒼い瞳の娘を。
< 第5章 17歳 - 了 - >
作品名:あなたと会える、八月に。 作家名:飛空都市の八月