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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆2

 「……楽譜!」
 ジュリアスはゼフェルを通じて託された、ロザリアからの『誕生日祝い』である細長い箱を開いてそう呟いたきり絶句した。



 確かに、一緒に演奏をしよう、と約束した。
 自分自身はっきりとは覚えていないが、どうやら物心ついた頃からピアノの教育は受けていたらしく、鍵盤に触れることについてジュリアスにはそれほど抵抗感はなかった。だから、あの海で午前中に聴ける小曲−−『海』という−−を暇に飽かして弾いてみた。その後、演奏者と曲名を知ってからはそれなりに練習をするようになり、やがて、片手でならどうにか弾けるようになった。
 そう。
 『片手でなら弾けるようになった』と言ったからだ。
 十五歳だった彼女とのその約束は、十六歳のときには……それどころではなかった。
 そして十七歳。お互い、そのようなことのできる立場ではなかった。
 十八歳の彼女をジュリアスは知らない。まだまだ新女王即位の直後で多忙を極めていたし、ディアと前女王アンジェリークにいつものホテルの部屋を譲って行かなかったので、会うことはできなかった。
 『だから、その次の八月には会える−−はずだ……ロザリアが私を見切らぬ限りはな』
 そう言ったジュリアスの言葉をそのままロザリアに伝えたと、彼女を主星の自宅へ送った後、宮殿へ戻ってきたゼフェルが言った。
 「それ聞いた瞬間のロザリアの顔! あんたに見せたかったぜ」
 礼儀を重視するジュリアスの執務机に堂々と腰掛け、ゼフェルはジュリアスの顔を覗き込むようにしながら言う。しかし今日はもう、うるさいことは言うまいと心に決めてジュリアスはゼフェルを見る。
 「……どのような顔をしていたと言うのだ?」
 ゼフェルが、ジュリアスの顔をじっと見据える。そしてすぐ、ニヤリと笑った。
 「言わねー」
 ベッ、と舌を出すとゼフェルは、とん、と執務机から降りた。
 「な……!」
 「けどよ、あんな顔見たら……オレなら絶対手放したりしねーけどな」
 よけいな口出しをするなと言いかけてジュリアスは、こちらを振り返ったゼフェルのまなざしがいたって真摯なものであったために言葉を呑み込んだ。だがゼフェルはもうそれ以上何も言わず、ぽん、と執務机の上に置いたのがこの箱だった。
 「これは?」
 「あんたの誕生日祝い、だとさ」
 一瞬、ジュリアスは息を止める。
 そうして目の前にゼフェルがいるにも関わらず、自分でも可笑しいぐらい驚いていることに気づき、内心恥ずかしくなった。
 それというのも誕生日には、カタルヘナ家の家族たちと夕食を共にすることになっており、とくに何か贈られたことはない。だからジュリアスにとってはこの箱が、ロザリアからの初めての贈り物だったのだ。
 「宿題だって言ってたぜ……今度『八月に会える』ときまでの」
 箱を前に、黙ったままのジュリアスをちらりと見てゼフェルが言う。
 「……宿題、だと?」
 そう言ってジュリアスは箱を開きかけたものの、ふとその動きを止めた。
 「開けないのかよ」
 「誕生日祝いというのであれば、当日に開くのが筋だ」
 そう聞くなり、目の前のゼフェルが笑い出した。
 「何がそれほど」
 おかしいのだと尋ねようとしたところ、ゼフェルが遮って叫ぶ。
 「……思ったとーりだぜ!」
 「な……何が?」
 「ロザリアと賭をした」笑い過ぎたせいで少しだけ目を潤ませたままゼフェルが続ける。「あんたが、すぐに箱を開けるかどうか」
 一瞬むっとした表情になったもののジュリアスは、ふぅ、と嘆息すると椅子の背にもたれた。
 「……で?」
 「賭になんなかった」
 「二人とも……私が箱を開かないと?」
 「律儀に八月十六日に開くだろうって」
 そしてゼフェルに笑われたとおり−−ロザリアが予想したとおり−−ジュリアスはその箱を八月十六日に開いた。
 開いて、驚いた。
 「……楽譜!」



 とりあえずジュリアスは、音楽のことに詳しく、しかも一連の『事情』を知っているリュミエールの執務室へ向かった。今日は土の曜日だが、午後からアンジェリークの、新女王としての正式な即位の儀を控えているため、守護聖たちはほぼ全員、執務室にいるはずだ−−朝議には相変わらずクラヴィスはいなかったけれど。
 ふと、ジュリアスは歩みの速度を緩める。
 ロザリアを家へ帰したことは、今朝、守護聖たちに伝えた。あの大移動後の宇宙は、思っていた以上に安定してはいたけれど、予断を許さない状況であることには変わりないと、守護聖たちは交替で宮殿に詰めていた。そのため、こうして全員−−クラヴィス以外−−が顔を揃えたのは、あれ以来今朝が初めてだったのだ。
 さまざまな反応の中、ほとんどの者たちがやがて、仕方ない、と思い至ったようだ。ジュリアスが言った以前にもう、彼女の姿は聖地はもとより飛空都市にも見られなかった。だから、もしやと思う者もいたようで、それなりのどよめき後は治まりを見せていた。
 もっとも、いつもならたぶん、いの一番に反発するゼフェルが黙っていることにマルセルとランディが気づき、こづかれていたようだったが、ゼフェルは「こんなうざってートコから出られたんだ、むしろ、めでてーぜ!」と、彼なりの言葉を吐いた。
 ところが。
 ここで一人だけ、思いも寄らない人物がジュリアスに向かい、言葉を発した。
 リュミエールである。
 「ジュリアス様……!」ふだんの彼らしくもなく、非難めいた視線でジュリアスを見つめて言う。「それで……よろしかったのですか? ロザリアはそれで本当に」
 「ロザリアがそう選んだのだ。私が口出しすべきことではない」
 「そんな……ですがロザリアは」
 言いかけた言葉を、辛うじて呑み込んだリュミエールは、そのまま黙って目を伏せてしまった。
 冷たい、と、リュミエールには失望させたかもしれぬな。
 とりあえずリュミエールの執務室の前まで来たものの、そこで立ったままジュリアスは苦笑する。
 だが、私に何ができた?
 ロザリアはロザリアとしての道を見つけたのだ。
 ならばその道を邁進させてやりたいと、私は思う−−
 「……ジュリアス様!」
 ひょい、と顔を出したのはリュミエールの側仕えだった。
 「あの、何か」
 「あ、いや……」一瞬、帰ろうとしたものの、ジュリアスはすぐ、この相談事を他の誰にもできないことに思い至り、気を取り直して告げる。「リュミエールはいるか?」
 「はい……ですが」執務室の外へ出ると、浮かない表情になって側仕えが続ける。「……ゼフェル様がいらしてまして……」
 「なに、ゼフェルが?」
 「はい、あの……」側仕えの声が、どんどん小さくなっていく。「何だか怒っていらっしゃるようで……私に席を外すようおっしゃったので、今、外へ出ようとしていたところなのです」
 ゼフェルがリュミエールに怒る、とは?
 はっとしてジュリアスは、側仕えの背にある扉に手を当てた。
 「入るぞ」
 「あ、あの、お待ちください、ジュリアス様!」
 慌てて側仕えは叫んだけれど、構わずジュリアスは執務室の奥へと向かった。



 「ジュリアス様!」
 「げ、ジュリアスっ!」
 リュミエールとゼフェルの驚く声にジュリアスは嘆息する。