瀬戸内小話3
涼しげな
「ほう、涼しげだな」
「だろ? 堺の商人が持って来たんで、おすそ分け」
元就の私室へ入ってくるなり、挨拶もそこそこに開け放った障子の向こうに元親は歩いて行く。
そんな鬼の態度にいぶかしんでいると、ちりりと涼しげな音色が響いた。なるほど、今日の手土産は風鈴か。
「鬼にしては気が利いておるな」
「あんたは立派なもんを持っていそうだけどな。ま、たまには風流なのもいいと思ってな」
はじめのうちは奇妙奇天烈なガラクタを。次は南蛮渡来の品物を。そうして最近は食い物が定番となっていた元親の手土産。変な物に怒り、高価すぎるものに怒った元就への妥協の品が食べ物だったが、元来、元親は人に贈るのものは物を好む。
「ウチも暑いが、あんたんとこも暑いな。冬は雪に閉ざされるのによ」
「避暑のつもりであったか?」
それは残念だったなと扇子を投げ渡してやれば、ああ、と鬼はからりと笑う。
「ま、本気で涼みたかったら、奥州にでも行くさ」
「………貴様、幾時ほど四国を空けるつもりだ」
瀬戸海を越えればすぐの中国と、外海を幾日も越えねばならない奥州とでは、あまりに距離が違う。
呆れて言えば、冗談だよと元親は肩を竦めた。
「その代わりといっちゃなんだが、いい風と音がここにはある」
「だが」
即座の否定。扇子を広げ、扇ぎながら何だと隻眼が続きを促す。
「貴様には海を渡る風のほうがよいのであろう?」
こんな地上で感じる風よりも、なによりも。
そう聞けば、違いねぇと夏の日差しのよく似合う笑顔を鬼は浮かべた。