敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
頭痛の種
「どのみちすぐに太陽系を出るわけにいかん」
第一艦橋で沖田が言った。見上げるメインスクリーンには太陽系の惑星の今の配置が図で表されているが、〈ヤマト〉がマゼランへ行くためにワープで出ていくべきはそれらのどの先でもない。〈イスカンダルへの道〉として示されている矢印は、黄道(こうどう)を囲む12の星座のどれとも違う方角へ向けて伸びている。
〈南〉だ。かつて、船乗りのマゼランが、吠え狂う海で見上げた方角――しかし沖田は続けて言う。
「この〈ヤマト〉は動かしたばかりだ。初期不具合の種がいくらでも潜んでいるに違いないのだからな。たとえば、これだ。いきなりひとつ頭の痛い報告が来た。波動砲の発射で薬室を破損し、撃てなくなったが、修理にはコスモナイトというレアメタルが必要という。これは木星のガリレオか土星のタイタンでしか採れぬものなのだそうだ。ゆえに入手しなければならんが、火星などに『ありますか』と電報を打つわけにはいかん」
〈電報〉とはレーザー通信を指す隠語だ。
南部が言う。「やはり最大出力で撃ったのがまずかったのではないでしょうか」
「そうだが、あれでよかったのだ。120パーセントだから威力も1.2倍ではなく、過充填をすることで倍にも高めるという話だったのだからな。ところがなんと、それ以上に出てしまった。100パーセントで撃ったのではこうはならなかったのだから、太陽系を出てしまってから120を撃ってしまうとそこで立ち往生することになる。マゼランへの道を半分も行ったところでコスモナイトがなくなったら、どこで手に入れるというんだ?」
一同はみな黙って聞いている。
「これが結果論なのは百も承知だが、いずれにしてもあのときは最大で撃つべきだったのだ。計画は動き出してしまったのだから、そのときそのときで最善の道を取るしかない。そして今は、できるうちにできる限りのテストをすべきときなのだ」と言って、それから付け加えた。「何しろこの船ときたら、床が傾いとったせいで水まわりがちゃんとしてるかどうかすらまだわからんくらいだからな」
というわけだった。これは予定の行動でもあり、特に大きな文句が出るはずもない。〈ヤマト〉は今しばらくは、各種のテストを行う場所を求めて火星から木星へと太陽系を回りながら進むことになる。
〈初期不具合〉にはある程度、事前に予想・警告がされているものもある。それらを潰していくだけでも大変な作業となるはずだった。予想外の不具合は、見つけた後で対処する他にない。
さて〈ヤマト〉には、存在そのものが不具合とでも呼ぶべきクルーがひとりいた。彼はまったく予定外の人員であり、船のすべてになんの適応もできずにいた。
どういうわけかその男が、この船の航空隊の隊長なのだ。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之