敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
加藤
「つまり、そこに並んでいるこの止め具が、全部しっかりロックするか確かめなきゃいけないわけだな? そうしないとまた空気を満たしたときに、扉がバンと外に開いちゃうかもしれないと」
「そうなんだけど、それにはまず、この油圧が無重力下でちゃんと動くか見なければいけないんだ! それと、真空にしたときに――」
〈ヤマト〉艦底の格納庫だ。翼をたたんだ〈タイガー〉が何十機もヒシめいて、段に積み重なっている。
「こんなところにだいたいこう無理矢理に詰め込んじまってるんだからな。もしひとつでも正常に働かないものがあったら――」
そんな声が飛び交う中、古代は山本の後を追って庫内を抜けていくしかなかった。すると向こうに黒い服の一団が見える。古代達と同じ戦闘機スーツだが、識別コードの色は黄色。
「で、このリフトがこう動いて機体を降ろして、アームがギアをひっかけるわけだ。その後はこっちの牽引機が機を引っ張って発艦ゲートに送る。ここまでは地上でできたわけだよな」
「そうです。だから宇宙でも問題なくそれができるかどうかというのと、その先ですね。二機三機とちゃんと続けてやれるのかどうか。ゲートの向こうは真空で重力もないわけですから、そこで――」
黒服と発艦作業員らしき者達が話している。山本はそれに近づいて言った。
「加藤二尉。古代隊長をお連れしました」
古代はその『カトウ』と呼ばれた者の顔に見覚えがあった。〈がんもどき〉で地上に降りたときに自分に拳銃を突きつけた男だ。尾翼に《隼》のマーキングをした〈タイガー〉のパイロット。
彼は山本に応えなかった。チラリと古代を見たものの、横顔を向けたまま作業員とのやりとりを続ける。
山本がまた言った。「二尉。隊長をお連れしましたが」
「なんだ」と言った。「おれは忙しい。後にしてくれ」
古代はまわりを見た。黒いパイロットスーツの者達がみなソッポを向く。
誰も口を利かなかった。騒がしい格納庫の中が、古代の周囲だけ静まった。加藤と呼ばれた男ひとりだけ、作業員と話していたが、その相手も黙ってしまう。
それで初めて、加藤は山本に顔を向けた。だが古代には眼もくれない。
「ここは〈タイガー〉の格納庫だ。〈ゼロ〉の搭乗員がなんの用だ」
「隊長をお連れしましたが」
「知らないな。隊長なら、お前がやればいいだろう。おれは別にかまわない」
「そういうわけにはいきません」
「もちろんだ。しかし、どうすると言うんだ。坂井隊長は亡くなられた」
「ですから――」
山本が言うのを手を挙げて遮った。
「〈がんもどき〉のパイロットがここに紛れ込んでるようだ。連れ出してくれ」
作業員に向き直る。
「で、続きだが、本来なら発艦は船の前部からやるべきところ、それができなかったので、離着艦ともに後ろの扉でやらなければならなくなったと。その代わりに導入したのがこの装置で、つまり空中給油機のようなアームで機を引っ張り上げる……」
「あ、ああ、はい……」
作業員が戸惑いげに受け応える。山本はしばらくやりとりを見ていたが、
「わかりました。行きましょう」
言って踵(きびす)を返した。古代をうながして歩き出す。
むろん、ついて行くしかなかった。古代にも、今のが何かわかっていた。軍においてその階級は絶対だ。古代が一尉で加藤という男が二尉、山本を含むその他大勢が三尉となれば、つまり古代がこの中でなら絶対君主。そういうものと決まっている。決まっているが、現実は、そうと決まっていないのだ。きのうまで古代は一応二尉だった。だががんもどきパイロットが二尉だといってそれがなんだ。戦闘機に乗る人間が洟(はな)もひっかけるものじゃない。
ましてやそれが今日から一尉で隊長だと? トップガンのタイガー乗りの連中がそんなもの受け入れるわけがないではないか。
自分はシカトを食らったのだ。それが当然のことなのだ。古代は思った。ホラ見ろだいたいこういうことになるんじゃないかと思ったんだよ。なんとかおれだけこの船を降ろしてもらうっつーわけにはいかんもんかな。あの加藤という男、拳銃を突きつけたときおれに言った。『この船を見たからには帰さない』と。だがもう秘密もへったくれもないんじゃないのか?
それにしても、もう格納庫全体が、ほぼ静まってしまっていた。古代と山本が進むのを、役割ごとに色の違うヘルメットとベストを着けた作業員がヒソヒソと何か互いにささやき合いながら眼を向けてくる。
なんだ?と思った。別に作業員にまで、腫(は)れ物みたいに見られなくてもいいはずでは……考えてると、山本が言った。
「ここではどのみち、わたし達のすべき仕事はありません。ここは〈タイガー〉の専用区画で、すべてが主力艦載機である〈タイガー〉を円滑に整備・離着艦させるように造られています。それを阻害するようなものは一切あってはならないわけです。たとえば、他の戦闘機のような」
「ははあ」
「隊長には〈ゼロ〉に乗っていただきます。今からそこにご案内します」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之