敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
沖田は何を考えている
「沖田は何を考えとるのだ!」
地球防衛軍司令部。会議室ではテーブルを囲む幕僚達が怒鳴り声を上げていた。
「いきなり波動砲を使うとは! 切り札を最初に敵にさらしてどうするというんだ!」
「それにあの空母! 生け捕りにできるチャンスだったというのに。波動砲で吹き飛ばしてしまったのでは残骸も残らん!」
「試射をするにも別のやり方があったろうに! 木星の夜の面にでも撃つとか――」
「それは二時間で〈朝〉になるだけだ」
「そういう問題ではない! 冥王星まで秘匿すべきだったのだ!」
「どうかな。それはただ秘匿のための秘匿にしかならなかったとは思うが」
「別の問題もある! あのせいで、火星の徹底抗戦派がまたわめき出したのだ。〈メ二号作戦〉をやろうとな。『〈ヤマト〉を囲んで二ヶ月かけて冥王星まで艦隊で行く。波動砲が届く距離まで必ず〈ヤマト〉を護ってみせる。その後〈ヤマト〉がワープするまで持ちこたえればいいのだろう』と――まったく、信じられん話だ。冥王星は確かに消し飛ばせるかもしれんよ。だが今ある地球の船はみんな沈んでしまうではないか。またガミラスがやって来たとき誰が地球を護るというのだ」
「その通り。〈メ二号〉は問題外だ。冥王星をやろうとしたら、〈ヤマト〉だけで行かすしかない」
「そういう話になってしまうということをなぜ早くによく考えてみなかったのだ! 波動砲の完成ばかり気をかまけていたからだろう。戦闘機に護らせればいいなどと精神論で考えるから――」
「今更それを言ったところで始まるまい」
――と、「まあ待て。今は、沖田が何を考えているかの話だ。沖縄基地で何十人かのクルーが死んでしまったな。その中に副長の南雲と航空隊長の坂井が含まれているのがわかった」
「なんだと? 今は副長なしか」「いや待て。死亡した分は、発進前になんとか補充したはずではないか。沖田に請われて急ぎかき集めたのではなかったか?」
「そうだ。だが沖田の要請の中に、代わりの副長と〈ゼロ〉のパイロットがなかった」
「どういうことだ。副長なしにあれだけ大きな船が運用できるのか」
「いや、それなんだが、副長についてはわからなくもないのだ。〈ヤマト〉のすべてを知る人間など確保しようがないのだからな。沖田の補佐には軍人としてのスキル以前に、あの船の中を迷わず歩けて主な乗員の顔と名前を知ってることが必要になる。そんな人間どこにもいるわけないのだから代わりを手配しようがない」
「理屈を言えばそうかもしれんが……」
「おおかたこの島か南部というのを副長にして、副操舵長か副砲雷長を引き上げたというところだろう。それをこちらに黙っていたということだ。それも気にかかることではあるが、それ以上に〈ゼロ〉のパイロットだ。この代わりを言ってこなかったのがわからん」
「〈タイガー〉のパイロットがいるだろう。代わりに乗せればいいではないか」
「そういうわけにはいかんのだよ。たとえばテレビのリモコンひとつとってみろ。機種を変えたら、ボタンの位置はぜんぜん変わってしまうではないか。ましてやあのボタンを全部使ってみたことがあるかね。だが戦闘機パイロットは、その機体が持つあらゆる機能を完璧に使いこなせねばいかん。それも、目をつむってな。そこまで〈タイガー〉に習熟した人間を〈ゼロ〉に慣れ直させるのは、一ヶ月やそこらでできることではないのだ」
「ふうむ。〈ゼロ〉のパイロットなら代わりの手配もできたはずだな」
「そうだ。なのに沖田は要請もしてこなかった」
「それはどういうことなのだ?」
「わからんからおかしいと言っているんだ。だが『何を考えてるか』と通信で聞くわけにもいくまい。敵もそうだが、火星の徹底抗戦派などに聞かれたらどうする」
幕僚達は議論を続ける。しかし、〈ヤマト〉が飛び立った今、沖田が何を考えていようと彼らにはどうすることもできないのである。ゆえに会議は不毛だった。テーブルには、大型プロジェクターによる宇宙の立体映像の他、各自のコンピュータ端末器や電子メモパッド、紙の資料といったものが広げられている。その中に、沖縄で死んだ人員の代わりに〈ヤマト〉に急遽補充された数十名のデータがあった。
五十音順に並んだリストの末尾に、機関員の藪助治の名前が記されていた。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之