敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
>沖田の思惑
艦長室のゴンドラは第二艦橋まで通じているが、むろん誰もが使用が許されるものではない。しかし今、沖田から真田は乗るように指示されていた。艦長室へ昇っていくと沖田は言った。
「古代の件だ。タイガー隊からいきなりシカトを喰らっとるらしい」
「はあ」と言った。そんなこと、こっちもいきなり言われても困る。「どうされるおつもりですか」
「どうもせんよ。わかってたことだ。ほっておく」
「それは」と言った。「しかし――」
「フフフ。あの南雲なら、きっとこう言っただろうな。『なんであれ艦長がお決めになられたことをクルーが無視するとはけしからん。これはゆゆしき事態ですぞ。古代も古代だ。士官ならばひとつの隊を任されたのなら』とかなんとか……」
「補佐役としては、わたしもそう言うべきなのかもしれません。ですが……」
「いいのだ。選り抜きの戦闘機乗りが、古代のようながんもどきを上に迎えるわけがない。ましてやあいつのために本当の隊長が死んだのではな」
「それに、古代自身もです」真田は言った。「本来なるべきはずの人員が死んだからお前が代わりの副長だの隊長だのと言われてうれしい人間がいると思いますか。わたしのことは置くとしても……」
「君の他に代わりはいないよ」
「かもしれません。ですがわたしや古代だけでなく、かなり下の補充員でもいきなりの任命に戸惑っている者がいるのをつい先ほど知りました。発進のときはわたしは睡眠を取り戻すのとエンジン始動で一杯で、他人のことまで思い至りませんでしたが……」
「そうだったな。君が仮眠を取ってる間に補充員を手配した。しかし副長は君と決め、その代替は考えなかった」
「まあわたしはいいでしょう。しかし、古代はどうなのです? 〈ゼロ〉のパイロットならば代わりがいたのでは?」
「坂井が最も上だったから隊長にしたのに、それより下を代わりにしてどうするのだ?」
「そ、それを言うのでしたら誰であれ古代よりは上なのでは?」
「『お前は代わりだ』と言われて喜ばないのは誰でも同じだろう」
「それはそうです。しかし、いくらなんでも古代……」
「それだよ」と沖田は言った。「古代は疫病神だ」
「は?」
「沖縄基地だ。この船に乗る誰でもが、あれが古代のせいではないと知っている。だがそれでも、古代のせいでああなったのだ。軍司令部は古代が後をつけられるおそれがあると知ったうえで〈コア〉をまっすぐに運ばせた。〈コア〉と基地を秤にかけて〈コア〉の方を選んだのだ。あのカプセルは何を犠牲にしたとしてもこの〈ヤマト〉に届けられねばならなかった。結果として大勢が死んだ。この船のクルー達にとって、志(こころざし)を共にする仲間をな」
「ええ……」
「古代のせいで死んだのだよ。この〈ヤマト〉のクルー誰もが、沖縄基地の人員に支えられてやってきた。泣いて、笑って、送り出してくれた者達があそこにいたのだ。『君らの帰りを待っている』と言ってくれた者達だ。それが古代のために死んだ。古代が悪いのではないのに、古代のせいで死んだのだ。そのジレンマをどう解決する。古代を恨まずいられないのに、古代を恨めないのなら……」
「疫病神……」真田は言った。「古代進は疫病神だ、ということになる……」
「そうだ。しかしその古代を船から降ろすわけにはいかん。大勢の者が死んだのに、あいつはひとりのうのうと荷物運び屋に戻るというのは、この船のクルーらにとって納得のいくことだと思うか」
「それで戦闘機パイロットに? しかし、航空隊長というのは……航空隊は損耗が最も高くなると予想される部署ではありませんか?」
「いや、だからこそなのだよ。どうせ疫病神なのなら、それを利用することだ。かわいそうだが古代には、この〈ヤマト〉の疫病神になってもらう」
「それは……」
「むごいことだがな」と言った。「今この艦内はあまりに空気が重過ぎる。ただでさえ地球人類の存続などというデカ過ぎるものをしょい込まされてるのに、出発前のあの騒ぎだ。真田君。わしは〈スタンレー〉を叩かん限り、マゼランへの旅には出られんと考えている。それも、波動砲を使わずにだ」
「は?」
「この〈ヤマト〉一隻だけで、波動砲を使わずに、冥王星のガミラス基地を見つけ出して叩き潰す。わしはそう言っとるんだ。こんな旅がうまくいくはずがない――誰もがそう考える。今はまだでも、銀河を出て何ヶ月も過ぎるうち、精神的に堪えられなくなる者が多く出るだろう。そのとき心を支えるものがあるとすればひとつだけ――この〈ヤマト〉なら必ず目的を果たせる、地球は〈ヤマト〉を必ず待ってくれているという自信だけだ。まだこの船には、それがない。そう、希望だ。クルーに希望を与えるには、不可能と思えることに挑戦しやってのけるしかないのだ」
「そ、それは……」真田は言った。「ですが、相手は百隻を超えるガミラス艦隊……」
「いいや、そうはならんよ。もうじきわしが、なぜ地球を出てすぐに波動砲を撃ったのかわかる」
「あの試射には別の理由があったとおっしゃる?」
「そう。それも、全出力でなければならなかった理由がな。だがそれを君に言うのはまだ早いだろう。古代を航空隊長にした理由もだ。ただ、今の〈ヤマト〉には、あのような疫病神も必要だとだけ言っておく。古代なら〈スタンレー〉攻略までに〈ゼロ〉を使えるようになるだろう。腕はいいはずだからな」
「腕はいいが闘争心に欠けるため補給部隊にまわされたパイロットですよ」
「ほう」と言って顔を上げた。「さすがだな。もうそこまで調べたのか」
「いいえ。彼のことは個人的にちょっと知っていたもので」
「そうか。わしはそこまで知らなかった」
「艦長は古代進を知っていたために〈ゼロ〉に乗せようとしていたのではなかったのですか」
「いいや」と沖田は言った。「わしはあいつの眼を見ただけだ。わしに向かって四機墜としたと言ったときのな」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之