敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
消防服
「着るだけでもかなり時間かかるなあ」
藪が言うと、アナライザーが、
「八百度ノ熱ニモ耐エル超耐熱宇宙服デスカラネ。本来ハ水星ヤ金星ノ環境デ着ルタメノモノデス」
「それを消防服に改造したのか」
藪はほとんどメカゴリラか着ぐるみロボット人間とでもいったものと化していた。アナライザーに手伝ってもらって、やっと一回、機関室内の火災対策用として作られた消防服を着たところだ。全身ピカピカの銀色で、目を守るためのバイザーもミラーコートされているため顔はまったく外からは見えない。
「〈万一の際の消火〉っていうけど、ほんとに万が一のときになったら、この服だって気休めにしかならないんじゃないの?」
「ソレハ火災ノ規模ニヨリマス」
「でなけりゃ、他はみんなアッという間に死んでく中でおれひとりだけこいつのおかげで蒸し焼きだとか……」
「ソンナ事モナイトハ言エナイデショウ」
「ちぇっ」
と言った。頭の部分を取り外すのにも苦労する。ヘルメットをやっと脱いで藪は深く息をついた。
「おれ、自信ないよこんなの」
「何ヲ言ッテルンデスカ。最初カラ自信ノアル人ナンテイマセン」
「そうかなあ。ワープに失敗すれば宇宙が裂けるとか、永遠に閉じ込められるとか言いながら、誰もぜんぜん心配してないみたいだけど」
「ソレハ、心配シテモ始マラナイカラデス」
「かもしれないけど」
ヘルメットを手にとって、その銀色の表面に、丸みのために魚眼で覗いたように映る自分の顔をじっと見る。
「おれ、こんなのやっぱり無理だよ」
「実際ニ火災ガ起キル心配ハゴク少ナイハズデスヨ。軍艦ナラドンナ船ニモ必ズ危険ハアルモノデス」
「にしても、この船ムチャクチャじゃないか。イスカンダルまで十四万八千なんて……一体なんだよ、〈光年〉って。千光年ずつ往復三百回くらいワープだなんて言われてもさ。つまりこいつを三百回着ろってことだろ」
「ジキ慣レルト思イマスヨ」
「軽く言いやがって……その三百回のうち一回でも失敗したらすべては終わりなんじゃないか。『万にひとつの失敗も許されない』なんて簡単に言うけどさ、言葉の意味ほんとに考えて言ってんのかな」
「ソノタメニコノ備エモシテイルノデハアリマセンカ?」
「この服か? 万一の事故がやっぱりあるんじゃないか? 三百回もワープするなら……」
「一万分ノ一ノ事故ガ三百回ノわーぷノウチニ起コル確率ハ三十三分ノ一デスネ」
「その計算はおかしい」
「ハイ、コレハ概算値デス。一万分ノ一ノ可能性ヲ三百回試行シテ、最低一回当タル確率ヲ正シク計算スルト……」
「そういうことを言ってんじゃなく……いや、そういうことなんだよな。ここで火事が起きなくても、どこかで何かの事故が起きて丸ポシャるかもしれないんだ。こんな綱渡りの旅に人類の運命を懸けるなんておかしいよ」
「シカシコレシカナイノデスカラ」
「ホントにそうか? プランBとかCとか何か、別に立てようがあるんじゃないか?」
「タトエバ、ドンナ?」
「知らないけどさ」藪は言った。「偉い人間が『オレを信じてついて来れば必ず成功する』とか言って大失敗で終わったことなんかいくらでもあるじゃないか。うまく行くと思っていればうまく行くと思うのなんて絶対に変だ。『宝くじは買わなきゃ当たらない』とか言って、買ったらもう当たった気でいる人間とまるで同じだろ。戦争やりたがる人間なんてみんなそうだ。プルトニウムで地球が汚染されたのだってガミラスのせいばかりじゃないのに、なんでおれがこんなもの……」
「アナタハチョット、コノ前マデワタシノ相棒ダッタ人ニ似テマスネ」
「なんだよそれ」
「イイエ。トニカク、マズハ自分ノヤルベキコトヲヤルベキダト思イマス」
「うん……」と言ってまわりを見る。「宇宙には上も下もないはずなのにここは船底なんだよな」
藪は天井を見上げた。
「軍艦なら危険はあるって? そりゃ艦橋にでもいれば、死に方も自分で決められるだろうけどさ――」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之