敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
〈あさぎり〉
「〈ヤマト〉の速度、10宇宙ノットにまで低下」
〈ガミラス捕獲艦隊〉旗艦、〈あさぎり〉の艦橋で、オペレーターが状況を伝える。艦長の永倉真(ながくらまこと)は「そうか」と言って頷いた。だがその横で機関長が、
「こちらのエンジンも限界です。もう全速は五分と維持できません」
「あんな大型艦とやるのは想定していなかったからな」永倉は言った。「〈ヤマト〉か……おかげでいい訓練にもなってくれたが……」
「ええ。今日に得られたデータは実戦で必ず役に立つはずです」
「それも獲物を捕まえてこそだ。最後まで気を抜くな」
永倉はスクリーンに映る〈ヤマト〉を見た。今や青い光に覆われ、クリスマスの聖夜飾りのようになっている。だが、
「相手はあの〈機略の沖田〉だ。『どんな状況に置かれようと絶望せず、抜け出す道を必ず見つける』と呼ばれる男……」
「これでもまだ何かしてくると思うのですか?」
「それを知りたいんだよ」と言った。「このゲームが本当の訓練になるかどうかはこれからだ。追いつめられたネズミがどう動くのか……こちらも第二第三の捕獲兵器を出さねばならなくなるかもしれない。しかし……」
「〈生け捕り〉とはいかなくなります」
「そうだ。この艦隊が第一に確保すべきは敵の波動エンジンだからな。『敵兵など捕えずに殺してしまえ』というのが流儀だ。だが味方相手ではそんなことをやるわけにいかん。やるつもりもないしな。〈ヤマト〉には――」
そのときだった。オペレーターが叫んだ。「〈ふゆかぜ〉から入電です! 『攻撃を受けた。操舵不能』!」
「何?」
スクリーンを見やる。獲物である〈ヤマト〉を中心とした状況図。四番艦〈ふゆかぜ〉がまるで何かにつまずいてでんぐり返ったような動きを見せていた。宇宙で船がそうなるなどということは、彗星にでも当たらぬ限り有り得ぬことだ。
「砲が使えるはずがない。ミサイルでも射ったのか?」
「そんな反応はどこにも……ミサイルでも近過ぎるはずです。あっ、待ってください。次は〈しらゆき〉が!」
見えた。二番艦〈しらゆき〉が、何かに蹴り飛ばされたように宙で船体をつんのめらすのを。爆発はない。砲で撃たれた気配もなければ、穴が開いて抜け出た空気が冬に人が吐く息のように白く見えることもない。ただ弾かれて舵を失い、陸に上げられた魚のようにピチピチとむなしく跳ね回るだけだ。
四番艦〈ふゆかぜ〉、二番艦〈しらゆき〉。敵を無力化するために造られた二隻の特務駆逐艦が、あっという間に逆に無力化されてしまったのだった。
「なんだ? 一体どうなってる?」
永倉は言った。つい今しがた自分が言った言葉を思い返していた。どんな状況に置かれようと絶望せず、抜け出す道を必ず見つけると呼ばれる男――。
「機略の沖田……」茫然としてつぶやいた。「一体何をしたというんだ?」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之