敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
おにぎり
「島操舵長! ちょっとよろしいですか!」
キンキン声をいきなり身に浴びたとき、島は右手におにぎり、左手にお茶のカップを手にして、さあこれから一服しようと狭い通路を歩いているところだった。向かうのは船の右舷の展望室だ。
と、そこへ、左舷の方から現れたのが森雪だ。なんだかえらく怖い顔してこちらにズンズン向かってくる。宇宙船のパイロットなら、この状況で自分の体という船をどう操るべきだろうか。A:止まって相手を待つ。B:右か左によける。C:バックで後ろに下がる。
島はCを選択することにした。
「なんだなんだなんだなんだ。ワープの話なら後にしてくんない」
階級は同じであっても実質的な〈航海班長〉である島は、同じ航海組である森よりも立場としては上になる。といって運行管理のことで頭が上がるわけもない。森が自分を『操舵長』なんて呼ぶときはロクなことがないと知っていた。180度回頭してここは逃げるかと考える。明日のために今日の屈辱に耐えるのだ。それが男だ。
「運行のことじゃありません」
「じゃあなおさら後にしろ」
「航空隊長のことです」
「コークータイ?」足を止めた。「なんでそれをおれに聞くんだ」
「航空隊長。古代一尉。昔、知り合いだったんでしょ?」
「ああ、まあね」
「どうしてあれが航空隊長なわけなの」
「ええと」
と言って、手のおにぎりとお茶を見た。そのどちらにも別に答は書いてない。
「だからなんでおれに聞くの?」
「それは」
と言ってから、森はようやく自分が訊ねる相手を間違えてるのに気づいたらしい顔になった。
「つまり……」
「古代のことなら、決めたのは艦長だ。艦長か副長に聞いてくれ」
「それはそうなんだけど……」
「なんだよ。代わりに聞けってんなら、ヤだぞ。じゃあ、おれは休憩するとこなんで、後でな」
「ちょっと待って」
「なんだよもう。少しくらい休ませてくれたっていいだろう」
「ねえ」と言った。「どうしてあれが航空隊長なの?」
「ハア? 知らんつったろう。同じ話をまた繰り返すのか?」
「そうじゃなくって」戸惑いげに首を振った。「艦長がどうしてあの彼を選んだのかわからなくって。島さん、彼を知ってるんでしょう。何か思い当たることないの?」
どうやら呼び方が『島さん』になった。
「うーん」と言った。「古代ねえ」
「いつか言っていたでしょう。彼は『死なすには惜しいとされた人間だ』って。島さんと同じで……」
「ああ、言ったな。言ったけれど……」
「って、それってどういうことなの?」
「うーん」とまた言い、島はおにぎりとお茶を見やった。「それは……」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之