黒いドミノ
老人がつぶやいた。
詩の暗唱でも始めるかのような声の調子だったので、私は一瞬、自分のことを言われているのだと分からず、眉をしかめて彼の方を伺った。
「君だ、セブルス」
見透かしたように老人が言う。
「いけませんか?」
「ああ、気に入らない」
着ているもののことで人からとやかく言われたくないと私は思った。特にこの色彩感覚の狂った老魔法使いにだけは。アルバス・ダンブルドアがどれだけ偉大な魔法使いであるかは十分承知だが、彼の極彩色のローブに好感を持つことだけは一生できないだろう。しかしダンブルドアにとっては私のシンプルな黒い衣装こそが非難の対象になるようだった。
彼は冷ややかな目で私を見ながら言った。
「喪に服しているつもりかね?」
だったら何だというのか。
リリーを失ったとき、私は自分の命も終わったと感じた。従って今という時間は単なる時間の経過であり、人生などではない。私は生きている人間ではない。生きていないのだから、笑わないし、苦痛も感じない。死者には感覚がない。死者には色が見えない。だから私はもう黒い服以外は身に纏うまいと決めていた。
老人のたわごとにこれ以上付き合っていても時間の無駄だと思ったので、私は部屋を出て行こうとした。半歩踏み出した瞬間、ぐいと引っ張られ動きが止まる。ダンブルドアが私のローブの襟元を掴んでいた。そのまま強く壁に押し付けられる。喉を圧迫され反射的に咳き込みそうになるが意地で堪えた。普段は虫も殺さぬような顔をしている老魔法使いが、苛立ちを隠そうともせず私を見下ろしていた。
面倒くさいことになった、と私は内心ため息をついた。ダンブルドアは機嫌が悪くなると時折こうやって私に絡む。普段人前では絶対に見せないような冷酷な態度をぶつけてくるのだった。私は理不尽な扱いを受けるのには慣れているが、後で我に返ったダンブルドアが自分自身の振る舞いを恥じて罪悪感に苦しむであろうことを考えると心が重くなった。
「自分がこの世で一番不幸だとでも思っているのか?自分だけが大切な者を喪ったと?」
彼はアイス・ブルーの目で私を見据えながら詰るように言った。
不幸?あまり考えたことのない言葉だった。彼の目には私はそのように映るのだろうか。生きながら死んでいる私は、確かに不幸といえば不幸なのかもしれない。しかしそれで同情を買おうなどというつもりは毛頭ない。闇の帝王が君臨した時代、家族や友人を殺された者は数知れず、不幸でない者の方が珍しかったからだ。
黙って目を伏せて聞き流していると、やがて彼はゆっくりと手を放した。
長い沈黙の後、老魔法使いは深い悲しみに耐えるようにうなだれながら掠れる声で「すまない」と言った。
私は首を振って、詫びる必要などないと伝えた。
優しすぎるのだ。この偉大な魔法使いは。
立ち去るとき私はふと、ダンブルドアは誰を喪ったのだろうと考えた。だが、私が立ち入ることではない。彼が話したいと思えば話すだろうし、そうでなければ永遠に知ることはないだろう。ダンブルドアが私の秘密を全て握っているのに対して、私は彼のことを何も知らないのだから。