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彗クロ 5

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5-1



 街道の道端に寄せ付けた幌馬車の後尾に腰掛け見上げる青空は、この数日で見たどの青より間が抜けて見えた。
「ヒマだなー」
「だねー」
 レグルがぼやくと、隣で同じように空を仰ぐフローリアンが、焼き芋片手にボケボケと答えた。
 バチカル南西に広がるイニスタ湿原は、大陸中央部で広大な面積を占有し、キムラスカの主領土である大アベリアを東西に真っ二つに分断している。四方を隆起した岩山に囲まれ、内部もダイナミックな高低を成し、各所に荒削りな崖や谷が形成されている。低地には大小様々な泉や沼が清水を湛えており、水と土と緑薫る勇壮な景勝が広がる。
 この難しい地形が東西の流通を大いに妨げ、よってキムラスカ国内の地上交通は、広大な領地を固持しながらも他国にも増して発達しなかった。主要都市は必ず港を所有しており、かつては同じ大陸の近隣都市間でさえ船舶による移動を必須とする、実に偏った国体を成していたらしい。慢性的な所得格差やどことなく殺伐、ぎくしゃくした国家風土は、こういう歪な領土形成が巡り巡って影響してきているんじゃないかなぁ、などと他人事丸出しの『薬箱』が暢気に吹いていた。
 三年前の紛争の副作用として、数万のレプリカ難民と第七音素枯渇という難題を抱えることになった際、ランバルディア王室が目をつけたのがこのイニスタ湿原だった。近い将来、海路依存の国家戦略には必ず限界が訪れる、今後は陸路の充溢が肝要だ、領土内を徒歩移動できない現状をこれ以上放任しておく手はない――そう主張し、イニスタ開拓の陣頭指揮を執ったのは、かの有名なナタリア王女だったとか。
 かくて無用の要衝として鎮座していた湿原帯には立派な街道が築かれ、併せて本格的な開墾の手が入れられていった。現在ではエンゲーブ、ダアトに次ぐ規模にまで耕地を拡大している。東ルグニカと同じく年間を通じて温暖な気候であるため、栽培が容易く、基本的には農閑期も存在せず、かなりの収量が見込めるそうだ。特に水はけの悪さを逆手にとった稲作が順調で、国民の主食も、小麦と米の比率が早晩ひっくり返るのではないかという勢いだという。戦時においても食糧の大半を他国頼みにせざるを得なかったキムラスカにとっては、大いなる改革であろう。
 なおかつ、きつい・汚い・危険の三拍子揃えたこの労働事業に、世界的な余剰労働力であるところのレプリカを投入した采配の妙には、敵ながらレグルもうなるしかない。レプリカたちは基本的に命令に従順で、組織的行動に長けている。戦闘能力に特化した個体も多く、戦略性や専門知識の絡まない肉体労働・単純労働の類は得意分野。ついでに労働内容の過酷さを強調しておけば、仮にも国家事業に新参種族であるレプリカを関与させることについて、国内からの不満の声も上がりにくい。
 むしろ当時は、レプリカに同情的な勢力からの苦言が少なくなかったようだ。実際のところ、不当な労働を強いられているのなら大問題だが……晴天下、どこまでものどかな田園風景にとけ込むレプリカたちの姿からは、その手のネガティブな情報は汲み取れない。
 開拓後の耕作地は、オリジナルの専門家指導のもと、レプリカ一人一人に管理が任されている。世界的な食糧逼迫の一因たるレプリカを農業に就けるという発想は実に合理的だ。決して楽な仕事ではあるまいが、作業着姿のレプリカたちは貧相ということもなく、栄養状態も良好な様子で、いかにも牧歌的な風情に馴染んでいる。まだまだ情動の薄い顔つきには、疲労や憔悴の気配もない。オリジナルの兵士や指導員の姿もちらほら見えるが、皆穏やかなもので、レプリカとの間に目に見える摩擦を抱えている様子もない。
「……案外、ノンキなもんだなァ……」
 右に同じく焼き芋を頬張りながら、レグルはちょっと遠い目をして感慨にふけった。バチカルの時もそうだったが、敵方の根城が悪の巣窟っぽくないのは若干張り合いがないというか面白くないというか……所詮、現実なんてそんなものである。
 冴えないレグルの顔を、フローリアンがきょとんと覗き込む。
「マルクトの自治区はこんなんじゃないの?」
「あー……だいぶ違うな。シューゴージュータクっての? 一人一部屋、コンテナみたいな小部屋で寝起きして、一日の大半勉強とか実質研修って感じの軽作業とかして、メシも配給で……一応、畑っぽいのもあったけど、それこそ研修用っつーか、家庭菜園に毛が生えたくらいのがちょこちょこあるくらいだし」
「おおー。国によってぜんぜん違うんだー」
「そういやダアトにもあんだよな。そんなに違うのか?」
「んー。ま、雰囲気はココの感じに近いかなぁ。だいたい畑・平屋・畑・平屋ってカンジ? 一日の大半は畑仕事で、っても売り物にできるようなおーげさなんじゃなくって、自分の食い扶持だけは確保しとけってノリ。あとは礼拝があって教会の雑用があってぇ……ふわふわ~っと一日終了っ☆ キョーイクもケンシューもありまっせーん」
「それはそれで……どうなんだ?」
「ぶっちゃけ、レプリカ賢くなったら管理めんどいじゃん?」
「…………うわ。なんかすんげーわかる気がしちまった…………」
「ダアトっていろいろ余裕ないしさー。ぶっちゃけローレライ教団が信仰頼り以外の何かでケンセツテキなシャカイカツドーをイトナメるような集団だったら、三年前のアレはあそこまで泥沼になってないわけでさー。国民が適度に愚民(バカ)じゃないと統率できないの。それでなくてもレプリカってわりと逆恨みがちだしさー」
「逆恨みってこたぁねーだろ。オリジナルどもがロクでもねーのは事実だし、虐待だってまだあるわけだし。三年前だってなんかひでーことしたんだろ、レプリカに」
「その、なんかひでーコトの具体的な内容、知ってる?」
「え。いや、あんまり……」
「ほへはんはよへぇ」
 おかまいなしに焼き芋を口内へぶっ込みながら、フローリアンは遠くを見やる目を細めた。本気で呆れている時の顔だ。
「……当時の事情なんかろくに知りもしないくせに、オリジナル=加害者・レプリカ=被害者、みたいな図式を鵜呑みにしてる連中が多いったら。おかげでレプリカ崇拝主義とかよくわかんない乞食集団まで出てくるしさー。あいつら、レムの塔の一件が国家に対する恐喝材料になるとか壮絶なカンチガイしてんだよね。ほんっとタチ悪いのなんの」
「崇拝主義者どもはオリジナルだろ」
「レプリカとオリジナルは同じ穴のムジナだよー? 最近やたら組織拡大してるみたいだし、そもそもレプリカ崇拝をヒョーボーしてる時点で、虎の子のレプリカの一人や二人、内部にいないってことは絶対ないだろーね。なぁんかあやしー宗教みたいになってるしぃ。敵だよ敵、商売敵!」
「おい私情」
「まーそれは置いとくとしても。ボクも、オリジナルのお人好しを利用して得するのは大好きだけどー。被害者感情ありきで、そっちにつじつま合わせるために事実をねじ曲げたり都合よく解釈するってやり方は、絶っ対っ、後で痛いメ見るよ。ナニゴトも引き際と折り合いがカンジン。レグルも気をつけなね」
「……そこまで落ちぶれちゃいねーよ」
作品名:彗クロ 5 作家名:朝脱走犯