二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
novelistID. 56387
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

わたしは明日、明日のあなたとデートする

INDEX|8ページ/39ページ|

次のページ前のページ
 

「霊感ある方なのか?」
「いや〜、陰気な顔してるからよくそう言われるんですけどね。実はないんです」
 何がおかしいのかケラケラ笑っている。
「だから幽霊を見たのはその時だけです」
 信じて良いのか?いや、それ以前にこいつ、自分が何を言ってるのかわかってるのだろうか。
「僕ね、高校二年の時、京都の国際会館でバイトしていたことがあるんです」
 そういえば翔平は京都市出身だった。
「クロークで荷物を預かっていただけなんですけど、ある日客に『客の前に出るには不適切な顔だ』なんて罵倒されて」
 ふと気づくと翔平が絶句していた。今の今まで真っ赤だった顔がどす黒くなっている。目を見て一瞬寒気がした。今にも人を刺しそうな怒りを漲らせた目をしている。
「酷いやつだよな、その客も」
 なだめてみるが、聞こえてないようだ。この感情の起伏の激しさは危険だ。
「・・・僕がいったい、何をしたって言うんですか。不愉快なモノを客に見せるなって怒鳴るし、マネージャーまで今後は人前には出しませんからお許しくださいってぺこぺこするし。それまでだってどいつもこいつも」
 いかん、声が震えている。高寿は慌てて肩を掴んで抱き寄せ、もう片方の手で翔平の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。
「お前、今や今をときめく大人気キャラクターの著作者だろう?」
 翔平は高寿の腕の中で歯を食いしばっている。
「今は世界中がお前を認めているんだぞ」
「でも、谷口さんは僕を認めていません」
「谷口だって認めてるさ。翔平に助けられたことだって何度もあることもちゃんと知ってる」
 背中をぽんぽんと叩いてやると、ようやく少し落ち着いてきたようだ。
「この火傷、十歳の時なんです」
 ぽつんと呟くように翔平が語り出した。
「京都の大文字山の送り火を見に行って、その時屋台が爆発したんです」
 驚いて思わず、翔平の背中を叩く手が止まった。あの時か。翔平が十歳の時というと十五年前。夏の大文字山の送り火。屋台の爆発。
 あの時、高寿は愛美を助けることしか考えてなかった。愛美は予定どおり助けることができたが、あの時爆発に巻き込まれて、身体にも心にもこんなに大きな傷を受けてしまい、今でもその傷に苦しめられている人がいたのか。もっと注意深く行動していれば翔平も助けることができたのではないか。あの時、あの場所で爆発が起きることを知っていたのは自分だけだったのだから。
「顔の火傷跡もこんなですけど、身体も左側の胸から腰にかけて、相当酷いですよ。見ますか?」
 こう言って翔平はジャケットの前を開け、挑戦的な目をして高寿を見た。
「いや、いい。済まなかった」
 翔平が虚を突かれたようにきょとんとする。
「え、何がですか?」
 高寿は慌てて取り繕った。
「いや、嫌なことを思い出させてしまって済まなかったと」
「おかしな人ですね。火傷のことは僕から言い出したんですよ」
 翔平はそう言ってまたビールを飲み出した。まだ飲むのか。

「そういえば幽霊の話はどうなった?続きを聞かせてくれよ」
 心の闇を見せてくれたばかりで申し訳ないが、正直なところ、幽霊話の続きの方が高寿には気になっていた。
「えっと、どこまで話しましたっけ」
「京都の国際会館でアルバイトをしていた、ってところまで」
「ああ、そうか。それで話が逸れちゃったんですね」
 今度は大丈夫だろうな。
「それでその時は逆上していたので、宝ヶ池の周囲を歩いていたんです」
 高寿の目を見て暗い笑いを浮かべる。
「僕の顔のことを言った客やマネージャーを刺すところを想像しながら歩いてました」
 ・・・最近は谷口を刺すところも想像しているんだろうな。想像だけならどれだけ刺しても良いのだが。
「想像だけにしておけよ、刺すなんてことは」
 高寿の言葉に真顔で頷く。
「もちろんです。僕だって今は怒鳴られながらも何とかやりたかった仕事ができて、それでどうにか生きていけてるわけですから、それを差し出すつもりはこれっぽっちもありません」
「わかっていればいい。それで?」
 先を促す。
 翔平は酔った頭を支えるのが辛くなってきたのか、頬杖を突いて記憶の糸を辿るように遠い目をした。いや、単に眠くなってきただけなのか?
「宝ヶ池の周りを歩いていたら、東屋にいたんです。幽霊が」
「ずっと俯いて歩いていたんで、いつからいたかはよくわからないんです。でも、東屋の横を通るときに何か気配を感じて目を上げると、そこにいたんです」
「もう時間も遅くてかなり暗かったのに、その幽霊は紺のワンピースを着ていました。だから何というか、保護色みたいで最初はよくわからなかったんだけど」
「その上、半透明というか、身体の向こうの景色も透けて見えてました。透けたり見えなくなったり、まるでレイヤーの透過率のバーを上下させているみたいな」
「僕、幽霊を見た瞬間から凍り付いてしまって足が動かなかったんです。心臓が止まるかと思いました」
「すると、それまでずっと僕に背中を向けていた幽霊が、振り向いてこっちを見て、それで僕と目が合ってしまって。僕、その時多分ほんとに心臓、止まってました」
「それで何か言いたそうな目をして、口を開いて何か言いかけたように見えたその瞬間、すっと消えてしまったんです。まるで空気に溶け込むように」
 途切れ途切れではあったが、翔平はここまで一気に喋った。高寿は口を挟まず、じっと聞いていた。
「後で思い出すと、今でも怖いですし心臓が止まりそうになりますけど、でもその幽霊はすごく綺麗な人だったんですよね」
「それに誰かを恨んだりしている顔でもなかった。怨念ならあの時の僕の方がよっぽど幽霊らしかったと思います。この顔の火傷跡もありますしね」
 自嘲気味に笑って続ける。高寿は黙って聞いている。
「顔は一瞬しか見てないですけど、どちらかというとすごく怯えていたような」
 なるほど。それがあの。
「つまり応募の時に翔平が持ってきたあの絵は」
「そうです。その時の絵です」
「そしてエミのデザインも」
「はい。僕の中ではあの応募の時の絵の人とエミは同一人物です」
 そうだったのか。エミというキャラクターのできた経緯はこれでわかった。
 しかし、その幽霊とは何だったのか。
 高寿は翔平が描いたエミを愛美だと感じた。そのエミは翔平の中では十七歳の時に見た幽霊だと言う。ならば、高寿の中では愛美が幽霊だった、ということになってしまう。それはあり得ない。高寿は混乱した。
 翔平はそんな高寿の困惑に気づかない。
「あの幽霊のイメージのおかげで、僕はこの会社にも入れたし人気キャラクターを産み出すこともできた。だからあの幽霊は僕の女神なんです」
 高寿は黙っていた。ビールを飲もうとして目の前のジョッキが空になっていることに気づき、手を挙げて店員を呼んだ。
 テーブルにやってきたハッピ姿の女の子が翔平の顔を見て一瞬、それまで満面に湛えていた営業スマイルを凍り付かせた。翔平は店員から顔を背けたままピクリとも動かなかった。
 高寿は黙ったまま自分の空になったジョッキを指さし、それから自分の顔の前で指を一本立てた。
「生ビールひとつ追加ですね。かしこまりました〜」