敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
離れ業
〈ゼロ〉にロールを打たせるたびに、眼前のヘッドアップディスプレイに投影されたピッチスケールがグルグル回る。今その中を、《A1》の二文字が付いた《FRIEND》の指標が遠のいていくのが見えた。A1、すなわち、〈アルファー・ワン〉――自分の僚機である機体だ。
古代が自分と自分を追う敵の後ろから凄い勢いでやって来たと思うとビームを敵にかすらせもできず、アッと言う間に飛び越して行ってしまったのを見送って、今度と言う今度ばかりはつくづく『あれはトーシロだ』と山本は思わずいられなかった。
一体、何をやっているのか。ただほんのちょっとばかり、わたしの背中に着いているあのしつっこいやつの鼻を挫(くじ)いてくれればいい。それだけであいつを振り切って、この機体を上昇に転じさせてやることができたはずなのだ。だからこの状況で、古代にわたしが期待したのはそれだとわかりそうなものなのに――。
いや、わかってはいたわけか。わかっていたけどプロじゃないからこちらの期待に応えるだけの動きはできなかったのか。ヘッドアップディスプレイの中で《A1》がジタバタしている。猫が雀を捕まえようと木からジャンプしたのはいいけど、失敗して枝につかまりもがいているかのような眺めだ。
ある意味、感心させられる動きだった。何をどうすりゃ戦闘機をあんなふうに飛ばせるのだろう。〈ゼロ〉であれ他のどんな戦闘機であれ、普通であればできるわけないと思えるような機動を、あの古代と言う男はときになぜかやってのける。一体どうしてそんな飛び方ができるのか、シミュレーターのリプレイを見ても全然理解できない。
そのたび思う。思いはする。この古代と言う男は只者じゃない。天才だ。機を操る天才であるのは疑いのないところだ。疑いのないところであるが……。
しかし腕の見せどころをいつも絶対に間違えている。これだ。今のこれがそうだ。今のこの状況で、わたしの前で変な芸を演って見せずともいいじゃないか。それをどうしてこの古代と言う男は……。
そう思ったときだった。不意に《A1》が眼の前で機首をピタリとこちらに向け、猫が獲物に飛び掛るべく尻を振るような動きをしてから、ダッと突っ込んでくるのが見えた。
「え?」
と言った。何を、と思った。これは正面衝突のコースだ。このまま行けばわたしと古代がまっすぐぶつかり合ってしまう心中コースだ。左右どちらかに機をひねり、躱すにしてもどうすればいいのか。
わからない。自分が右に避けたとき、古代も〈向かって右〉に動けば、やはりぶつかり合ってしまう。大昔のレシプロ機ならプロペラの回転と逆に動けばいいものと昔は決まっていたかもしれぬが、宇宙戦闘機でのこれは完全なチキンゲームだ。
なんだ! 何を考えてる! そう思ったときだった。山本の耳に古代の声が通信によって入ってきた。
『山本!』それは絶叫だった。『お前は、おれが護る!』
古代が来た。目前に迫る。風防窓の向こうに相手の風防が見え、その中にいる古代が見えた。古代が自分を見ている眼さえ山本の眼は見たと感じた。
しかしその一瞬後、その姿はかき失せて消えた。そのまま行けば正面から衝突されるはずであった古代の〈ゼロ〉は山本の前からいなくなっていた。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之