敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
ハートブレイク
古代達〈ヤマト〉航空隊は、冥王星の白い〈ハートマーク〉の上をまだ飛んでいた。
『まだ』、と言ってもあれからさらに数分しか経っていない。経っていないが、
「いいかげんに決めてくれないもんなのかな」
と、古代はさっきと同じつぶやきを漏らした。通信機に山本の声が入ってくる。
『本来の目標は〈魔女〉ではなくて敵の基地。それと遊星の投擲装置。それはまだ殺っていない……そうは言っても、もう時間はないはずでしょう。早くしないと敵が来る……』
「その場合、ヘタすりゃおれ達置き去りか」
言って辺りの景色を眺めた。〈ハートマーク〉の表面はマスクメロンの皮のような丸い紋に覆われている。ひとつひとつの紋の大きさは数百メートル。
〈氷紋〉と呼ぶべきなのだろう。液体だった窒素とメタンが凍る途中で出来た模様だ。地球の池で冬に氷が張るときにも似たようなものが出来ると言うが、それがここではひとつひとつが野球やサッカーのグラウンドのように大きい。下にあるのは今や完全に固まりきった個体窒素とメタンの氷。
スイカを叩いていい音がすればよく熟している証拠と言う話があったな。メロンもやっぱりそうなんだろうかと考えながら古代は言った。
「例の『エコーでどうの』と言うやつどうなったんだろ」
『さあ……それでわからないなら、あきらめて星を離れる。そういう話のはずなんですが』
「うん」
と言った。どうやら〈ヤマト〉はあの三隻の戦艦に勝ったようだけど、敵は必ず逃がしていた九十の船をここに戻す。そうなったら基地を叩くどころではなく、ヘタをすればおれ達は置き去り。
そんな選択は取れぬのだから、そうなる前に星を出る。作戦ではそうなっていた。エコー計測でも基地や遊星投擲装置の位置が判明しないのならば……。
そう考えていたときだった。通信機が着信を告げ、
『〈ヤマト〉より航空隊へ!』
古代の耳に相原の声が入ってきた。ヤレヤレやっと何か決まったようだな、と思って応答しようとしたが、どうもようすがおかしい。相原の声はずいぶん逼迫(ひっぱく)しているように感じた。
『すぐそのエリアを離れろ! 〈ハートマーク〉の上から出るんだ!』
「へ?」
と言った。そのときだった。キャノピー窓の正面にある白い氷原。マスクメロンのような模様。
それが突然に動くのが見えた。ジグゾーパズルを落としたように、ひとつひとつの氷紋がバラけて並びを乱す。
かつて古代が横浜の港で、あの遊星が落ちた日に見た地面の液状化現象のようでもあった。同じように固く凍っているはずの地が波を打って踊り出したのだ。
「な、なんだ?」
古代は言った。ひとつひとつの紋は数百メートルの大きさ。それらが分かれて出来た隙間から、液状のものが噴き出してきた。ヒビの入った生玉子から白身がにじみ出るように。
〈ゼロ〉の飛ぶ前に広がる氷原がすべてそのような光景となった。
『逃げろ! 基地はその下だ!』
相原の声がする。そのときだった。古代の〈ゼロ〉の数キロ先で数枚の〈紋〉が大きく跳ね上がり、水柱を立ち昇らせた。その中に何かがある。
昇る龍のようなものが。〈ハート〉の下にいたものが、いま姿を現したのだ。それはまっすぐに自分を見つめ、巨大な顎を開いて食いつこうとしているように古代は感じた。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之