敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
イチかバチか
「ト……トンネルに突っ込めだって?」
古代は言った。〈ヤマト〉が送ってきたデータを眼を疑う思いで見る。
ディスプレイの画面に描き出されているのは長い長いトンネル。冥王星を北から南へほぼ半周。長さは三千キロメートル。
『〈タイガー〉では無理だろう。だが 〈ゼロ〉ならできるはずだ』
と相原の声。『えーっ、嘘だあ』と思いながら、
「と……」とまた言った。「途中に柵とかあったらどうする?」
『そんなものがないのを祈るしかない』
「待てよ、おい!」
『ええと……すまない。だがそのおそれは少ないはずだ。周りの壁に当たって死ぬ確率の方が高いからな。敵もまさか戦闘機で飛び込むと思ってないだろう。〈アルファー〉二機でトンネルに飛び込み、〈タイガー〉の核ミサイルを誘導する。残ってるぶん全部使ってしまってくれ』
「ゆうどう……」
と言った。〈コスモゼロ〉には鴨(かも)の親がヒナを追ってこさせるように、他の戦闘機が射ったミサイルを誘導――つまり、〈引率〉する能力がある。
〈タイガー〉はまだ半数が核を腹に抱いたままだ。おれと山本でトンネルに突っ込み、残りのミサイル十数基をタイガーに射たせて後を追ってこさせる。そして敵を見つけたら、レーダーでロックをかけて『あれが標的』だと命じる――。
『そうだ。動力炉にブチかまし、君達はそのまま進んで反対側の口から出る。急いでくれ。もう時間がない』
「そんなこと言ったって」
と言った。そんなもん、途中で壁に激突して終わりとなるのがオチじゃないのか。そうでなくてももし障害物があれば――。
だが考えている間にも〈おでん鍋〉の上は対空砲火の森だ。やつらは古代の〈アルファー・ワン〉が隊長機だと知っていて集中的に狙ってくる。
対空ミサイルとビームの雨。『レーダーにロックされている』との警告――今の古代は右に左に機をひねらせて躱すばかりとなっていた。
『隊長!』山本の声がした。『どのみち、このままでは――』
そうだ、と思った。このままでは殺られるだけだ。どうせイチかバチかなのなら――。
「わかった!」叫んだ。「いいな、行くぞ山本!」
『はい!』
『頼む!』と相原。『今、入り口を開けてやる! 道はその中だ!』
〈ヤマト〉が魚雷ミサイルを射ち、レーダーの画(え)が示した点の方へと飛んだのがわかった。〈ハートマーク〉の縁の辺り。着弾。閃光。
爆発の煙が散ると、そこに大きな黒い穴が現れていた。
直径百メートルばかり。やはり古代が一度その上を飛びながら、地の紋に見せかけた丸い蓋で覆い隠されて気づかず通り越していたものだ。
その蓋がいま吹き飛ばされて、穴が姿を現した。あれが遊星の射出口……そうなのかと古代は思った。あの日、横浜で見たあの光も、そこから飛び出したのか。あの穴こそが八年間、地球めがけて遊星を投げ続けていた悪魔の弩(いしゆみ)。
いいだろう、と古代は思った。やってやる。何がなんでもこいつを通り抜けてやるさ!
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之