二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

INDEX|243ページ/259ページ|

次のページ前のページ
 

アビス



トンネルの内部は暗く、なんの照明もされてはいない。黒一色の完全な闇だ。そこを秒速10キロで突き進むのは、恐怖体験そのもの以外のなんでもない。

はずではあるが、何しろ何も見えないために、あまり実感は湧かなかった。

遊星投擲トンネルの中はほぼ完全な真空で、希薄な大気すらもない。〈ゼロ〉の翼が揚力を生むこともなく、一度飛び込んでしまった後は、トリムで重心を微調整して向きをゆっくりと変えるだけだ。操縦桿をわずかでも動かせば〈ゼロ〉はたちまち周りの壁に激突することだろう。それを思えばカミソリを首に当てられている気分でもあるのだが……。

アビス(深淵)を覗けば自分も闇に覗かれる――そんな言葉をどこかで聞いたことがある。たぶん、何かの映画のセリフだ――しかし今、おれがしていることがそれじゃないのだろうかと古代は思った。ヘッドアップディスプレイのコンピュータが示す指標にベロシティのマークを合わせ、それだけ見つめる。考えるな。考えたなら、きっと頭がおかしくなるぞ。この暗闇に呑み込まれて別世界に行っちまうんだ。やはり何かの映画みたいに――。

そう思った。暗闇に、何か光が瞬(またた)き始めた気がしてきた。だんだんと大きく育ってやがてオーロラのトンネルを突き抜けているかのような。

幻覚だ。目をしばたくと光は消えた。古代の〈ゼロ〉は前になんの光も見えない暗黒の闇の中を飛んでいる。

だが、山本はどうなのだろう。後ろを飛ぶ山本の眼にはおれの機体のエンジンの炎とそれが照らしているトンネルの壁が見えてるはずだ。やはりただ、その光にマークを合わせてトリムを取ってるだけのはずだが、心は平静でいられるのか。

そうなのかもなあ、あの女は――古代は思った。山本は、大体なんで戦闘機パイロットなんかしてるんだろう。それはもちろん誰でも受ける適性検査で〈素質有り〉のハンコを押されたからであろうが。

しかしどうして、おれと違って落ちこぼれずにこんなことができるんだろう――こんなときにおれは何を考えてるのだと思いながらも古代は浮かんだ考えに囚(とら)われずにいられなかった。

感じるのだ。背中に視線を。たぶん、こんなときだからこそだ。今この〈アルファー・ワン〉と〈ツー〉は、ただ二機だけで、地下に掘られたトンネルの中を飛んでる。らしい。レーダー画面には確かにそれだとわかるマップが描かれてるが、キャノピー窓は真っ黒なのでただ深淵の中にいるとしか思えない。

だから感じる。山本の眼を。このトンネルを抜ける途中で、おれは山本に追突されて、すると終点の出口から宇宙空間に飛び出すのは身長20メートルのでかい赤ん坊だったりするんじゃないか――そんなような気がしてくる。

それじゃまるでおれが女で、山本が男みたいじゃないか――そうも思うが、実際そうだ。これまでおれが後方でずっと〈銃後〉を護っていて、山本の方が前線で敵と命を獲り合っていた。地球の女が赤ん坊を産めるようにするための戦い。

あの日に三浦半島で死んだ者らの仇を取るための戦いだ。

そうだ、と思った。この穴だ。このアビスがおれの帰る場所を奪った。父さんと母さんを殺し、三浦の海の命を奪い、兄が〈銀河〉と呼んでいた寿司を食えなくさせたのだ。おれはウジ虫にたかられながら、誓ったのだ。横浜で。必ず、必ず殺してやると。この恨みを晴らさずおかぬ。最後のひとりになったとしてもおれはそこに行ってやる、と――。

冥王星。それがここだ。この穴だ。この先にある炉と言うのがおれの仇であるなら無論、今が誓いを果たすときだ。なのにずっと忘れていたのが、どうして山本には――。

おれ以上に大事なものを盗られたのかな。そうだろう。あるいは、おれが持っていない大事なものがあるのだろう。島のやつが家族を護るために戦っているように。あの森と言う女にも大事なものがあるのだろう。

真っ赤なスカーフ。そう言ったな。ああ、もちろんやってやるさ。そこで見ていろと古代は思った。必ず、このアビスを抜けて、あの仇を討ってやるから。

そうだ。これこそが本当の〈ココダ〉だ。炉があるはずの場所まであと――。

そう思ったときだった。レーダーが警報を鳴らすのが聞こえた。

『おや、どうした』と考えて、古代は計器に眼を向けた。トンネルに入るときに接近警報は切ってある。『壁にぶつかりますよ』と言う警告されてもしょうがないからだ。

前方には何もない。となれば、後ろ――。

ミサイルだ。

レーダーマップに二機の〈ゼロ〉が引率する核ミサイルの群れが表されている。今、そのうちのひとつが消えた。さらにふたつ、みっつ、よっつ……。

『迎撃ミサイルです』と山本が通信で言った。『さらに来ます。まだ何基も……』