敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
たとえ辛勝だろうとも
「やつら、離れて行きますね」
とガンツが言った。言ったが、しかしそんなことは、言われなくてもモニターの画面を見ていればわかる。〈ヤマト〉からやって来た変なやつらは、変な二台のクルマに乗って水の中を去って行った。
シュルツは言った。「一体、やつら何をしたんだ? 核とも思えんが……」
「もしも核なら、この司令室ももちません」
とガンツが言った。そうだ。もちろん、至近距離で核が爆発したならば、そんなものに耐えられはしない。
まして〈至近距離〉どころか〈零距離〉。しかも今の連中は、四方八方からペタペタと全体を囲むようにしていったらしい。それらが核で今ピカリと言ったら、当然……。
この指令室が水中でなら大抵の攻撃に耐えられるのは、〈池〉の底とはチューブで繋がっているだけの浮遊施設であるために、自(みずか)ら水に流されて衝撃を逃がすことができるからだ。しかし、このようにされてしまうと、たとえ普通の爆弾でも耐えられるものかは怪しい。
「原始人め」シュルツは言った。「まさか手でじかに張り付けていきおるとは……」
「どうしましょう。ここは脱出を……」
「ダメだ」と言った。
「ですが司令、あれが核なら」
「いや、核ではないだろう。あれが核なら、仕掛けていったやつらも命があるわけがない。どうせ爆発に呑まれて死ぬなら、そこで自爆しているはずだ」
「それは理屈ではありますが……」
「だがそうとしか考えようがないだろう」
と言った。そうだ。核ではない。これが核ならやつらは逃げない。あんなクルマで爆発を避けるところに辿り着くのに一体どれだけかかると言うのか。
そんな時間の余裕がないのをやつらは知っているはずだ。だから絶対に核ではない。
どうせ死ぬなら核を取り付けたところでサッサと起爆させる。そうするに決まっているのだから、あのように遠ざかっていくわけがない。
「核ではない」シュルツは言った。「通常の爆弾ならば、この部屋は……」
そうだ。簡単に殺られはしない。〈ヤマト〉の主砲、あのぶっといビームにさえ五、六発なら耐えられるだろうこの司令室が、普通の爆弾で殺られるわけない。あんな小さなクルマに積んで人の手で仕掛けていける程度の量の爆薬ならば平気なはずだ。
たとえダメになるにしても、チューブに飛び込み脱出する時間は充分にある……。
そう思った。〈池〉の底とこの〈蕾〉を繋いでいる連絡筒は、イザと言うときの脱出路にもなっている。核一発で殺られてしまうのでない限り、敵が何をしようともそこへ逃げ込む余裕はある。
「だから慌てるな。いずれにしてもあと数分で決着がつくのだ。それまでは、ここを動くわけにはいかん」
シュルツは言った。ガンツは「はい」と頷くしかないようだった。
と、そこで、
「重巡隊が到着しました!」オペレーターが叫んだ。「ワープアウトしてこちらにやって来ます!」
正面のパネルに宇宙重巡洋艦が次から次に現れ出るのが映し出される。望遠で捉えた姿はまだ小さいが、
「よし!」と叫んだ。「いいぞ!」
「後はもう三分もあれば……」
とガンツが言う。そうだ、とシュルツも思った。それでこの艦隊はこの星の上に陣を張るだろう。そうして四方八方から、襲い掛かって〈ヤマト〉がワープで逃げられないよう釘付けにしてしまうのだ。
おそらく十二隻のうち、八か九隻は〈ヤマト〉に沈められてしまう。だが、いい。もはや止(や)むを得ない。そうなる頃には〈ヤマト〉の方もズタボロだから、そこを空母で完全に足を止めて動かなくさせる。
それで勝ちだ。とにかく勝ちだ! 辛勝(しんしょう)だろうと勝利は勝利。なのにここでこの部屋を出るわけになどいくものか!
シュルツは思った。そのときにまた別のオペレーターが叫んだ。
「〈弩(いしゆみ)〉内部で爆発です! 多数の爆発を確認!」
「なんだと?」
と言った。言ったが、そちらの画(え)を見ても、シュルツには何がなんだかわからなかった。オペレーターが見ているパネルが映しているのは、池の水面に石を投げつけ波紋を散らせているようなものだ。
〈弩〉――地中にある遊星加速トンネルの中はカメラで見れない。ゆえに内部のエコーを拾って音響像を画に描くしかない。
トンネル内部は真空だが、内壁に何かが当たればその衝撃が壁を伝わる。それを測って画にしたものをオペレーターは見ているのだ。トンネル内部で次々に何かが爆発しているらしいのだけはシュルツにもわかるが――。
「殺ったのか?」
「わかりません」とオペレーター。「ともかく、こちらのミサイルがやつらに追いついたのです。レーダーと赤外線で標的を捉えて墜とす仕組みですが……」
「ならばまず、核ミサイルから殺ってくことになるんじゃないのか?」
「はい」
と言った。敵は二機の銀色のやつがまずトンネルに突っ込んで、後を核ミサイルについて来させる方法を取っている――それをこちらのミサイルが追いつき仕留めようとしているのだが、
「ミサイルなんかすっ飛ばして戦闘機を先に殺るわけにいかんのか」
「無理です。ですから、これは元々ミサイル迎撃用であって……」
「核ミサイルを全部殺って最後に戦闘機と言うことになるのか」
「それが順番となりますから」
「あとどれだけ残っているのだ」
「わかりません」とオペレーター。「こちらのミサイルもあといくつなのか……」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之