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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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密談



「ただの立ちくらみだ。なんてことはない」

と沖田が艦長室で言った。佐渡先生がその顔を覗き込んで、

「何を言うちょる。ひどい顔色しとるじゃないか」

「そりゃあさすがにあれだけやれば疲れるさ。先生だって人のことは言えんぞ」

「フン。まあ、しかしなんじゃな。船ん中じゃあ、今みんながあんたのことを讃えとるよ。医務室でもケガ人どもが……」

「それだ」と言った。「凄い数なんだろう。わしなんかより急ぎの治療をせにゃならん者が大勢いるんじゃないのか」

「なーに、応急の処置はみんな済んでおる。今は血だらけになっとるもんを全部掃除しないことには何もできん状態でな。医務室にいても酒が飲めんのじゃよ」

「ならばここで飲んでいけ」

「そうする」と言った。「しかし、本当にたいしたもんじゃ。やったな、艦長」

「わしひとりの力じゃないさ」

言って沖田は横に立っている真田を見た。今この艦長室にいるのは、沖田と佐渡と真田のこの三人だ。

「〈魔女〉に勝てたのは真田君のおかげだ」

「そうだとしても、やはり艦長のお力ですよ」真田が言った。「それに、古代でしょうか――しかし、わたしにしろ古代にしろ、任命されたのは艦長ですから」

「ふん」と言った。「古代か。しかし、まさかあいつがあんな働きをしてくれるとはな」

「は? ワープの前のときの話ですか。しかし艦長の言われた〈ゴルディオンの結び目〉と言うのは……」

「そうだが、しかしあんなこと、あいつがするとわかるわけがないじゃないか。わしは『こいつはわしにできんことをやる』と思っただけさ」

「ええと……それは何を根拠に……」

「眼さ。だから言ったろう。古代を航空隊長にしたのは、あいつの眼を見たからだと」

「はあ」

と真田。沖田は佐渡先生に、

「先生。患者の秘密は守ってくれるんだろうな。今の話は他の者には内緒だぞ」

「まかしとけ。わしゃあ飲んどる間のことは全部忘れてしまうからな。わしの記憶を飛ばしたければ、酒を飲ましてくれりゃええんじゃ」

「そうか。では真田君、ここはいいから君は下に戻りたまえ。作戦はまだ終わっとらんのだ。敵が来るまでに赤道を越える仕事が残っとるのだから」

「はあ。ですが艦長。わたしがいても……」

「艦長か副長がいなきゃどうにもならん」

「かもしれませんが、今日の戦いで痛感しました。わたしにはやはり副長など務まりません」

「そんなことはない。君はよくやってくれたぞ」

「いえ。そういうことでなく……」真田は言った。「戦闘や航海のこととなるとやはり自分は素人だとあらためて実感したのです。艦橋にいま戻ったところで何をどうしていいかもわからない……」

「ああ」と言った。「そうだったな」

「艦長。これでは……」

「いや、いいんだ。それでいいから、下に降りて、『自分がここにいるのだから何があっても大丈夫だ』という顔をしていてくれ。どうせ指揮官の役なんて半分はそんなようなものだ」

「は? いえ、艦長」

「とりあえず今日はそれでいいはずだ」と沖田は言った。「それでだな、真田君」

「はい」

「君以外にやはり副長はいないと思う。どうだろう。わしにもしものことがあったら、艦長代理を別に立てて、君が副長のまま補佐すると言うのは」

「は?」と言った。「ええと……一案かもしれませんが、『代理』と言うと誰を……」

「なあに、もしものときの話だ」沖田は言った。「聞かれたってすぐに答えられるものか。その辺のことは考えとくから今は下に戻っていてくれ」

「はい」

と言って真田はゴンドラで降りていった。残るは佐渡先生だ。沖田は言った。

「今の話も内緒だぞ」

「まかしとけ」

「わしにも一杯飲ませてくれんか」

「もちろんじゃ。そうこなくてはな。今日の祝杯といこうじゃないか」

「うん」

と言った。注(つ)がれた酒をグイと飲む。しばらくしてから佐渡先生に、

「なあ先生」

「なんじゃい」

「秘密ついでに話しておこうか。『もしも』と言うときのため、誰かに聞いておいてほしいことがあるんだが……」

「ふうん」

と言って佐渡先生は、酒を飲みながら聞いていた。けれどもしばらくして叫んだ。

「な……なんじゃと? 艦長! あんたはなんちゅー恐ろしいことを考えとるんじゃ!」