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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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敵へ通じる穴



変電所から脱出してきた男の名前は宇都宮(うつのみや)といった。彼は言う。

「中にはぼくの仲間がみんな閉じ込められてるんです。ぼくだけたまたまやつらに捕まらずに済んで、ようやく逃げてきたんですが……」

「他の職員は生きて捕まってるの?」

「はい。ぼくが最後に見た限りでは」

「そうか。やつらは街の人間をみんな殺して自分達だけ生きる気でいる。明日には電気を戻すんだから、ここの職員も生かしておく必要がある……」

ひとりが言うと、他の者らがみな頷く。

「で」と足立が宇都宮に、「あんたが逃げてこれたってことは、その穴からやつらのとこに行けるわけだ」

「まあ……」

と宇都宮。敷井は彼が出てきた穴を見て、自分がどうやら難しい選択を迫られかけているのを感じた。その穴から敵のところに行けるだって? しかしまさか――。

「どうする?」

と、同じように困惑した顔でひとりが言った。

「どうするって……」とまた別の者。「これ、すごい情報なんじゃないのか? 上に報せなきゃいけないんじゃないか」

「んなこたあわかっているよ。でも『報せる』ってどうやって」

「そりゃあ、無線か何かで……」

「無線たってお前」

とひとりが言う。その後を続ける必要はまったくなかった。誰もが問題を理解している。

自分達は、上に何かを報せられる通信手段を持っていない。あるのは個人の携帯電話くらいだ。しかしもちろん、

「ダメだよこれ」ひとりが試してみて言った。「今は通話不能になってる。それにもし通じるとしたって……」

「うん」

とみな頷いた。この戦場で下っ端兵士のひとりひとりが言うことに上がいちいち耳を傾けるわけがない。まして自分らは寄せ集めで、リーダーとなる士官もいない。情報を上に伝えるなんてできるものか。

「じゃあどうするんだ。無線がダメなら、足で歩いて然(しか)るべきところまで……」

「わかっているけど、それ、どこだ」

とひとりが言う。そしてみんな黙り込んだ。できるのならばやるべきことはみな簡単にわかることだ。ここに敵の元に行ける穴があることを上に報せる。誰か然るべき者に……だが、それにはどうすればいい?

「無理だよ」と敷井は言った。「歩いていって、やって来るもんとぶつかってみろ。『逃げるのか』と言われて撃ち殺されかねない……こっちが何を言っても聞いてくれるもんか」

「この状況じゃな」と足立が言う。「だいたい、そもそも、どこへ行けば〈然るべき者〉がいるのかわからない。迷ってるうち二時間くらいあっという間に過ぎちまうぜ。けど、二時間経つ頃には……」

「空気はろくに呼吸できなくなっている」敷井は言った。「そうなってからじゃ手遅れだ。何もかも……」

「じゃ……じゃあ……」宇都宮が言った。「どうするんです。その穴を行けば街に電気を戻せるかもしれないのに……」

「おれ達には無理だ。とても伝えられないよ」足立が言った。「闇雲に行動したら確実に死ぬ。それだけだ。今はそういう状況なんだ」

「何より味方に撃たれちまうからできない、かよ。なんてこった」と別のひとりが言った。「けど、それを言うんなら、上の者は誰もその穴の存在を知らないのか」

「そう言やそうだが、でも、やっぱり知らないんじゃないのか。知ってりゃわざわざ報せなくても、精鋭をここに寄越してるだろう。図面を見ればこの穴がすぐ見つかるというもんでもないだろうし」

「そんな時間の余裕もない?」

「きっとそういうことだろう。だからああして真正面に銃剣突撃させてるんだ。一日二日時間があれば上もこの穴の存在に気づいて部隊を送り込む算段をつけるだろうけど、今はそういうことができない」

「うん」敷井はその男に頷いて言った。「かもな」

そもそも自分が対テロ部隊の兵なのだ。こういう場合に、普通は上がどうするものか知っている。敵に通じる道があるならその情報を集めて調べ、できるのならば偵察をして、敵の居場所を再現したシミュレーション空間を造って突入のプランを立てる。そして兵に模擬空間で予行練習を繰り返させて、『ヨシこれならいけるだろう』と決まったところで作戦開始……。

そんなことをやっていたら、二日も三日も四日もかかる。だから普通であるならば、〈ネゴシエーター〉というやつにテロリストと交渉させて 強襲作戦のための時間を稼ぐのだ。

だが今回は〈普通〉ではない。敵は石崎。自分の〈愛〉に背く者すべて殺さずにおけない男だ。街の酸素を止めてしまえば〈愛〉が実現するのだから、ネゴシエーターの出番はない。数時間後に誰もが死ぬのを〈愛〉と考えている男に、どんな交渉の余地があるのか。

ゆえに今はただひたすら銃剣を手に敵に突っ込めと兵に言うしかないのだ。犠牲を厭うてはいられない。図面を広げて眺めても、この穴のことはすぐには知れない。《テロリストに占拠されたらココを通って行けますよ》と書いてあるわけじゃないのだから――。

そういうことなのかもしれない。こうしている間にも酸素は失われ、一酸化炭素が逆に増えている。あと一時間もする頃には、空気はヒマラヤの尾根にでもいるような具合になっているかもしれない。

敷井は言った。「これじゃ空間騎兵隊でも、満足な強襲なんかできるとは……」

「思えない。そうだ。どうする? そうなると……」

足立が言った。暗くても敷井の顔を見ているくらいのことはわかる。

「なんだよ」と敷井は言った

「だからだよ。とても一時間やそこらのうちに、この穴の存在を上に報せるなんてできやしないだろう。もしできても、その後から精鋭が飛び込んだってどうなるか」

「だから?」

「だから、一分一秒だ。今はそれを争うんだ。誰かが一秒でも早く、ここを通って敵の元へ行かなきゃならない。それができるのは……」

と足立は言った。一同の顔を見渡してから、あらためて敷井の方を向いてくる。

「おれ達だって、一応は対テロ部隊の人間だろう」

「そりゃあ……」

と言った。〈精鋭〉とは言い難い。それでも対テロ戦闘の訓練を受けた身ではある。そこに敵の元へ行く道があり、しかしより優れた者にこの情報を伝えられず、残り時間はあとわずか。誰かがその穴に飛び込んで敵を討ちに行かねばならず、行ける者が他にないなら……。

「つまり」と敷井は言った。「おれ達が、か」