敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
オキ
百人一首の詠み札だった。真田はアッケにとられる思いで手渡されたそれを見た。
「古代がおれに『ココロア』と言ったのならそれのことです」と島が言う。「他に考えようがない」
「そうなのか?」
「ええ」
〈シマ、ココロア〉……古代は確かに〈ヤマト〉に向かってそう告げてきたのだった。そんな暗号は存在しない。けれども〈シマ〉と言うのがここにいる島大介のことであるなら、〈ココロア〉とは……。
これになるのか? 真田は文を眺めやった。確かに《こころあ》と始まっている。
こんな歌だった。
心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどわせる白菊の花
〈ココロア〉と言えば〈オキ〉だと言う。上(かみ)の句が『こころあ』と始まる歌があり、それを聞いたら下(しも)の句が『おき』で始まる札を取る。そういうものだと言うのはわかる。そういうものだと言うのはわかるが、
「どんな意味なんだ?」
「さあ」と島。
「かるた取るんだろ? 知ってるんじゃないのか」
「歌の意味なんか知りません」
「『君ならば意味がわかる』ってことなんじゃないのか」
「知りませんよ。とにかく〈こころあ〉と言えばそれです」
「こ、古代は、歌の意味を知ってるのか」
「さあ。どうなんですかね。仮に知っていたとしても……」
「複雑でややこしいんだろ」
「でしょうねえ。解釈がいろいろあったりして……」
「科学的じゃない」
と言った。『ウヒャヒャッ』と誰かが笑う声がした。誰が笑ったのかと見れば、こともあろうに人間でなく、ロボットのアナライザーだった。メーターをピカピカ光らせている。
「アナライザー! お前、古代を知ってるはずだな。古代がこの歌の意味を知ってるか、お前ならば知ってるはずだな」
「エート、ドウナンデショウ。タブン、イチイチ考エタコトハナインジャナイカと思イマス」
「お前は意味を知ってるのか」
「ワタシハ分析ろぼっとデス。『分析セヨ』トオッシャルノナラ……」
「できるのか?」
「デキマセン。ナンダカサッパリワカリマセン」
「古代はこれで何を伝えたつもりなんだ!」
「と、とにかく」と新見が言った。「あたしの方で調べてみましょう。彼はきっとあのビームの何かを見たんだと思います。だからその歌に敵の秘密が……」
「うーん」
と言った。新見に札(ふだ)を手渡してやる。それはすぐさまカメラで撮られ、斜めに映った像が補正と文字認識を受けたうえで戦術科に送られていった。
と、そこで沖田が言う。「で、真田君。どうするんだ」
「は?」
「『は』じゃあない。海に潜るかどうかの話だ。どうする」
「う」
と言った。そうだった。まだ太田の提案に答を出していなかった。氷を割って海に潜る。失敗すれば一巻の終わり。だがこのままでは完全に〈ヤマト〉は戦う力を失う。それでやっぱり一巻の終わりだ。どうする。イチかバチかに賭けるか?
その判断は今は自分に託されている。艦橋クルーの全員が今は自分を見ているのを真田は感じた。
あらためてどうすればいいと自問する。こうしている間も次の衛星が〈ヤマト〉を狙って位置につき、花びらのような四枚羽根を広げているかわからない。
置きまどわせる白菊の花……新見がキーをダダダダッとすごい速さで打ち込むさまを横に見ながら、真田は古代は何を見て何を伝えたつもりなのかとあらためて思った。〈花〉と言うのはあの衛星のことか? 歌の意味がわかるならビームの謎が解けるなんて……。
そんなバカな。とは思うが、それでもだ。あの守の弟が送ってきたメッセージなら解いてみる価値はある――。
そのはずだ。しかしそれには、
「時間です」真田は言った。「今は時間を稼ぐことです。その手段がひとつなら、迷ってはいられません」
沖田は言った。「『太田の案を採る』と言うのか」
「はい」と言った。「海に潜りましょう」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之