敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
今あるだけで
「いや、それはせん」シュルツは言った。「〈ヤマト〉とは、今あるだけの戦力で戦う。一度避難させた者らを呼び戻すことはしない」
「ですが……」とガンツが言った。「その方が確実に〈ヤマト〉を捕えられると思いますが」
「そりゃそうだろう。だがな、駆逐艦や軽巡洋艦と言ってもタダじゃないんだぞ。一隻一隻に何百人も乗ってる。その命もタダではない。そして〈ヤマト〉も死に物狂いで逃げようとするに違いあるまい。小型の船でやつの前をふさごうとすれば、十隻や二十隻はあの主砲で殺られてしまうに決まってるのだ。それがどれだけ莫大な損失になるか考えてみろ。ガンツ、お前に、それが弁償できるのか。地球人のアニメに出てくる画(え)に描いた船と違うのだ。一隻沈むごとにわたしの失点となるのだ」
「はあ……」
「別に保身でものを言っているわけではない。戦(いくさ)と言うのは、勝ちさえすればいいわけでない。わたしがもし、〈ヤマト〉一隻捕まえるためなら味方がどれだけ死んでもいいと叫ぶような男だったら、次の機会に誰がわたしについて来てくれると思うかね? 一の犠牲で済むはずの戦で十の犠牲を出して気にせぬ指揮官が、いい指揮官でないのは誰でもわかるだろうが。ここで小艦を呼び戻すのは、出さんでいい犠牲を多く出すだけのことだ。そんなことをするわけにいかん。だから今ある分だけで戦う」
「わかりました。しかし〈反射衛星砲〉は……」
「そうだ。やつは間違いなく、すぐにもあれの弱点に気づく……だが問題ない。次は手加減なしの一撃をお見舞いしてやるだけだ。そのための〈カガミ〉はまだ残している」
「ですが、弱点に気づいたら、やつらは砲に戦闘機隊を向かわすのではありませんか?」
「それがなんだ。砲台には〈バラノドン隊〉を護りに付けているのだろうが」
「はい。それはそうですが」
「そうだろう。それに〈反射衛星砲〉は、もう充分に役目を果たした。これからは戦艦の仕事だ」
言ってシュルツは、スクリーンに映る〈ヤマト〉が消えた一帯を指した。
「氷が薄いのはここだけだ。だから〈ヤマト〉は、またここから外に出てくる他にない。そこで待ち構え捕らえるのは、やはり船の役目となる――そのために最も大型の戦艦だけを三隻残した。〈ヤマト〉の砲でもそう易々と沈められはしないはずだ。出撃の準備はできているのだろうな」
「はい。三隻とも、すべて完璧に整っております」
「よかろう。発進させたまえ」
「はい!」
司令室内が俄(にわ)かに騒がしくなった。通信士が艦隊の出撃命令を送り、向かうべき地の座標を伝える。各艦の通信士が『了解』の返事を送ってくる。
「さて」とシュルツは言った。「戦力はこれで充分だとは思うが、しかしもうひとつ手を打つとしよう。海中にいる〈ヤマト〉を叩く方法だが……」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之