敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
凍結
「『今は動ける者までも戦えなくなってしまう』と言うのだな」
沖田は言った。第一艦橋はビームを喰らっていないため、まだ暖房が効いている。だがマルチスクリーンには、霜だらけの艦内のようすが映し出されていた。各部所でクルーが凍えかけているのがわかる。
森が言った。「全員に船外服を着させるべきと思いますが」
「わかっている。そうしてくれ」
「それに、あの……」
「なんだ」
「すみません。こんなときにどうかとは思うんですが……」
「言ってみたまえ」
「はい」
言って森はマルチスクリーンが映す画(え)のうちのひとつを指した。
「これを見てください。艦内農場の水耕栽培装置が凍りかけているようなんです。機械は後で直せるでしょうが……」
「ふむ。野菜は全滅か」
「そうなると後で……」
「わかるよ」言って沖田は徳川に、「機関長、ここだけでも暖めるわけにいかないか」
「無理だな」と徳川。「今、暖房を医務室に集中させとるところなんだ。とても他は暖められん。この艦橋もすぐ冷え切るぞ」
「そうか」と言って森を見た。「すまん」
「はい……」
「我々も全員、船外服を身に着けねばならんようだ。それから森、ここはいいから、君は下で復旧の指揮を取ってくれたまえ。アナライザー、森の仕事を代わるんだ」
森が出て行き、アナライザーが席に着いた。今や〈ヤマト〉の〈眼〉と〈耳〉はソナーに切り替えられており、どうせ宇宙空間用のレーダーは役に立たない。とりあえず今のところ敵が近づく気配はないが――。
太田が言う。「何かやってきますかね」
「どうだろうな」島が応えて、それから隣の南部を見た。「南部お前、さっきから何を気にしてるんだ?」
「え? いや、ははは」
「いくらなんでも敵はすぐにはやって来れないと思いますよ」新見が言った。「水中を猛スピードで近づくものがいたならば、ソナーが探知しないはずはありません。〈ヤマト〉がここに潜るのを敵が予期していたとも思えませんし……」
「だろ? 南部、とりあえず、お前がいちばんここで急な仕事はないよ。だからお前が先に船外服着てこいよ」
「あ、うん、そうね」
「変なやつだな。こんな真っ暗闇の海で何も見えるわけないじゃないか」
と島は言った。ちょうどそのとき彼が自分の前を見ていたなら、窓の向こうの海中を金魚鉢を逆さにしたようなものが上から現れ下に通り過ぎていくのを目撃したことだろう。しかし島は窓を見ていなかったし、ふたつの眼をキラキラ光らすそれに気付いた人間は艦橋内にひとりもなかった。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之