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【弱ペダ】ぼくとせんぱいのデート

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「またお前か。毎日毎日しつこいショ、東堂」
 巻島がアイスを齧りとりながら、携帯の通話に応える声が廊下の向こうから聞こえてくる。坂道はそのやや不機嫌な声を聞いて、くすりと笑う。
 眉が顰められていようと、声が不機嫌だろうと、呆れて溜め息を吐こうと。巻島の口元はほんの少しだけれども、いつも笑っているからだ。そのことを相手は知っているだろうか。
 多分知っているだろう。
 そんなライバル、宿敵、と呼ばれる相手との絆は、邪魔など出来ようはずがない。むしろそんな相手が居て、その相手と競う姿に惚れ込んでいれば、なおさらだ。なのに、それが羨ましくて羨ましくて仕方ないと思う日が来るなんて、想像もしなかった。
 小野田坂道は、廊下の角に隠れて巻島の声だけを聞く。流石にこれは盗み聞きだろうか? でも、あの電話の相手と話しているところは、悔しいけど邪魔してはいけない気がするのだ。それにそれを見ている自分の心もざわつく。
 こんなことを思うなんて、ラブ☆ヒメの主人公、姫野湖鳥にでもなったみたいだ。僕ってこんな考え方をするんだっけ?
 尊敬する先輩が、それだけでは説明できない存在になった。もしかしたら一生こんな気持ちを伝えることなく、いずれは別の道に進み、会わなくなって自然に気持ちが朽ちていったのかもしれない。それが、なんの奇跡か。気持ちを伝えてしまっただけではなく、相手からも気持ちを返して貰えるなんて。
 僕欲張りなんだ……。
 両思いでそれ以上何を望むのか。そう思うのに。
「あー、もう! うるさいッショ」
 一際呆れた声が響いてくる。携帯電話で距離も離れているはずなのに、相手の「万全の状態で戦うのだぞ! 聞いているのか、巻ちゃん!」と言う声が漏れ聞こえ、それを途中でぶった切った、ピ、と言う電子音も聞こえた。
 やっと悔しいと言うか、憎いと言うべきか、羨ましく妬ましい通話が終わったのに、坂道はそこから動けなかった。
 えーと、今ここで出て行ったら、明らかに盗み聞きしてましたと白状するようなものだし。だからと言ってこのままだと巻島さん、どこに行っちゃうか判らないし。あっ、僕おかしくないかな? 巻島さん探してたって、バレバレ過ぎないかな? あっ、て言うか、僕と巻島さんが一緒に居たら、変に思われないかな? 同じ部活だし、おかしくないよね? あ、いや。巻島さんも部活に行くんだから、わざわざ迎えに行かなくたって良かったかな?
「で、お前はこんなとこでナニしてんショ?」
 壁の角の向こうから笑いを堪えたような、ちょっと呆れたような声が掛かる。その声だけでどきんと胸が跳ね上がる。
「巻島さん」
 アイスを齧りながら、巻島が角から顔を覗かせている。その背後から午後の日差しが差し込んでいて、後頭部に後光が差したみたいに見える。玉虫色の髪の毛に眩しい陽の光が当たって、黄金色に透けて輝いていた。ああ、この人は何処までカッコイイんだろう……! そんな人が僕なんかを好きだって言ってくれるなんて……。
「夢みたいだ」
 ぼろりと零れた坂道の言葉に巻島は一瞬きょとんとする。
「あっ! あああああ、あのっ! 今のはですねっ! そそそそ、その、巻島先輩の後ろから光が当たっていてですね! 髪の毛がキラキラーッてしてて! すごくカッコよかったんです! だからっ……、その……思わず」
 坂道が夢中で言い訳する姿に、巻島が声を上げて笑って、頭をぐりぐりと撫でてくれた。
「巻島さん」
「まぁ、なんだ。キモイでいいッショ」
 自嘲気味に笑う巻島に、キモくないです! と坂道が憤慨して訴えれば、その肩を抱くように引き寄せて、ぐりぐりと頭を撫でてくれる。見上げればこの上なく優しい笑顔で、心臓がどきんとした上に、きゅうん、と締め上げられて全く忙しい。さっき覚えた電話の相手への嫉妬心も瞬く間に掻き消えてしまった。僕ってなんて単純なんだろ。
「じゃ、今日も練習行くか」
「ハイ!」
 巻島に、坂道は思いきり元気に答えた。

「明日?」
「ハイ。あの……ダメ……でしょうか?」
 部活の練習が終わった後、坂道は巻島に誘われてもう一度峰ヶ山へ来ていた。頂上までクライム勝負をしたところだ。すっかり陽が落ちて眼下に街の明かりが見える。今日の勝負は巻島の勝ち。巻島とこうしてクライム勝負を始めて、途中から数えられなくなったほどしているが、坂道の印象としては、五本に一本巻島に勝てるかどうか、と言うところだ。日中はここで感じる風が心地いいのに、流石に陽が落ちてくると少し冷たく感じる。今日は特に平坦を中心とした練習で、クライマーの二人としてはたっぷりと疲れているが、物足りなかった。そんな不満を吹き飛ばすクライム勝負で、汗みずくなのに身体がまだ熱くて、少し冷たい風が気持ち良かった。
 二人して路肩の草むらから遠くの景色を眺めながらの小休憩で、坂道は思い切って巻島を誘った。
「いーぜ」
 巻島の返事に、坂道は今更ながらに慌てる。良いよって言って貰っちゃった!
 巻島とつき合い始めてから、二人だけで、しかも部活に関係ない状態で一緒に出かけたことはない。
 で……、で……、デデデデデ、デート……! だよね!? これ! そうだよね? デートに誘って、OK貰っちゃった!
 ぼっ、と音を立てて顔に火がついたような気がした。
 ぼっ……、僕ってば、なんて大胆な……。イヤ、迷惑じゃなかったかな? あっ! そ、そそそそ、そうだよ! 巻島さん、明日用事やら予定やらがあったかも知れないのに。何にも聞かないで誘っちゃった! 大丈夫だったのかな……?
 今度はざ、と全身から血の気が引いて、嫌な汗がどっと吹き出してくるような気がした。
「どうした?」
 巻島が坂道の顔を覗き込んでくる。顎を伝う汗が、街灯の明かりを反射してキラリと光った。ちょっと心配したような顔で、それでも優しい顔で見つめられると、余計に顔が熱くなる。オマケに胸を破ってしまいそうなほどに胸がドキドキした。
「ぼ、ぼぼぼぼ、ぼくっ……! あのっ!」
 何が言いたいのか判らないまま、それでも喋っていないとおかしくなってしまいそうで。あの、あの、と同じ言葉ばかりが出てくる。
「焦らなくていいっショ」
 そう言って巻島が坂道の頭を優しく撫でた。
「まきしまさん……」
 そう言う坂道の唇に巻島の唇が優しく触れる。それだけで恥ずかしくて、それでも嬉しくて、体中がふわふわするような気がした。『ラブ☆ヒメ』で湖鳥が言っていた「天にも昇る心地」とはこのことだろうか。
 薄目を開けると巻島の顔が間近にあり、意外と長いまつげと髪の毛に光が透けて、キラキラとしている。巻島さんて、どこまでカッコイイんだろ……。
「明日な」
 ぽやんとしたままの頭で、はひ、と情けない返事になった。
 明日デートしちゃうんだ! 明日はそりゃ物凄い一日になっちゃいそうな予感がする!



 これはマズイ……。
 坂道は焦っていた。だが、マズイ、マズイよこれ、と言う言葉しか思い浮かばず、打開策は何も出てこない。それが余計に、マズイ、と言う言葉を量産してくる。