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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに

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 そうして花火を鑑賞しながら修道院の横を通り過ぎ、小さな港を通り抜けて魔法の絨毯はすいすいと陸上を飛んでいく。開けた草原地帯を飛び続けて、やがて小さな町の明かりが見えてきた────ビアンカのふるさと、アルカパの町だ。

 今まで訪れた場所に比べると素朴で穏やかな町だが、リュカによれば酒場もあり通常の旅なら必要な施設はちゃんと揃っているのだという。
 二人と荷物が降りた途端にきゅるんと丸まった絨毯を抱え、ルヴァとアンジェリークは町の奥にある宿屋を目指した。
 とことこと歩を進めつつアンジェリークが呟く。
「なんか……ビアンカさんが育ったところっていうの、わかる気がするわ。あったかい感じの町ね」
 都会というほど都会でもなく、田舎というほど田舎っぽくもない。好ましい賑やかさだ、とルヴァが口元を緩めた。
「居心地の良さそうなところですよね、住むには最適なんじゃないでしょうかー」
 辿り着いた宿屋はこの町の中でも一番立派な建物で、これまで訪れた場所のどこよりも宿屋らしい風情を醸し出していた。
 ルヴァはしっかりとした作りの頑丈な木の扉を開けて、アンジェリークを屋内へと促す。
 カウンターの前へ立ってから、ふと「予約者名はどうなっているのか」という疑問に行き着いて慌て出すルヴァ。
 挙動不審なルヴァを見ても宿屋の主人は動じることなく必要事項を訊ねる。
「ようこそいらっしゃいました。本日二名様でご予約のルヴァ様とアンジェリーク様ですね」
 はい、と二人が返事をすると主人の言葉が続いた。
「お部屋のご用意ができております。左手奥の階段より三階へと上がったお部屋をお使い下さい。浴室は二階にございますので、部屋のタオルをご持参下さい。それと……この後のお食事はどうなさいますか? お部屋までお持ちすることもできますし、中庭や二階のテラス席でもお召し上がり頂けますが……」
 食事場所についてはアンジェリークに決めて貰おうと視線を向けた。
「だそうですけど、どうします? アンジェ」
 ルヴァの視線を受けて、人差し指を顎に当てたアンジェリークが片眉を上げる。
「んー、お勧めはどこですか? わたしたちこの町は初めてで、よく分からないんです」
 こういった話にも慣れているのだろう、笑顔を浮かべてするすると言葉が続いた。
「そうですね……二階のテラス席は眺めも良くて当宿のお勧めです。本日は貸切なので、途中で好きに場所換えして頂いても構いませんよ」
 貸切という言葉に僅かに固まるルヴァ。
(あの二人……グランバニア国王と前オーナーの娘という特権を存分に使った気が……)
「じゃあ……お天気もいいし、折角だからテラス席で頂こうかしら。ね、ルヴァ?」
「あなたがそれでいいのでしたら、私はどこでも構いませんよー」
 鍵を受け取り、二人は三階へと向かう。
 ルヴァが扉を開けると中を覗いたアンジェリークから歓喜の声が上がる。
「凄い凄い! 見てルヴァ、可愛いお部屋ー! 結構ひろーい!」
 きゃっきゃと大喜びのアンジェリークが可愛らしく、ルヴァの頬は既に緩みっぱなしになっていた。さりげなく顔をさすっていつもの表情に戻そうとする。
「夕食まではまだ少し時間があるようですから、近くを散策でもしてみますかー?」
 アンジェリークは早速トランクからドレスとタキシードを出して軽く皺を伸ばし、ハンガーに吊るす。そのまましまっておくとカビが生えてしまいそうで気がかりだったのだ。
「これでよし……っと。その前に汗だけ流してくるわ。暑かったから汗だくで気持ち悪くて」
 部屋に置かれたタオルと着替えを片手に、すたすたと二階の浴室へと向かう彼女を引き止めるルヴァ。
 アンジェリークの体を正面から引き寄せて、腰の位置でがっしりと両手を組んだ。
「もう行っちゃうんですかー」
 不服そうに眉を八の字にして口を尖らせているが、アンジェリークはルヴァのそんな表情にくすりと口角を上げた。
「すぐに戻ります。なあに、寂しいの?」
「寂しいに決まってるじゃないですか。もうちょっとゆっくりしたっていいでしょう?」
「あーとーで!」
 きっぱり言い切られてしまい渋々アンジェリークを解放して、若干しょげた様子でルヴァも着替えを取り出し始めた。
 はあ、とため息をつくルヴァの耳元へ、アンジェリークはそっと口を寄せた。
「……綺麗にしてなきゃ、さっきの続きができないじゃない?」
 その爆弾発言が意味する答えに辿り着いたルヴァの頬が一気に赤らんで、がばっと顔を上げてアンジェリークと見詰め合った。
「あの……アンジェ、それはっ」
 言葉を遮るように柔らかな唇がルヴァの唇をそっと食んだ。つ、と舌が下唇を這ってゆっくりと離れていく。
「待ってて、すぐに戻るから……ね?」
 艶のある声色がルヴァの全身をぞくりと甘く突き抜けて、思わず片手で口元を押さえて頷いた。
 それから暫くの間、甘い口付けの余韻は烙印のように熱く留まって、胸の高鳴りがなかなか治まることはなかった。
 あどけなさが抜けて時折見せる大人びた──年齢的にはもう充分に大人ではあるのだが──仕草に翻弄されてしまう。
(……今からこんな状態で、果たして退任後の生活に耐えられるんでしょうかね、私は……)

作品名:冒険の書をあなたに 作家名:しょうきち