冒険の書をあなたに
子供たちが同時に宿へ飛び込んできて、アンジェリークにぎゅうと抱きついてきた。
「アンジェ様おはようございます!」
「お姉ちゃんおはよー! よく眠れた?」
二人の髪を撫でながら、アンジェリークが優しい笑みを浮かべて質問に答えている。
「おはよう二人とも。もうぐっすり眠れたわ!」
忘れ物がないことを確認して下りてきたルヴァへ女将と主人が深々と頭を下げ、昨日のお詫びにと安眠枕とアルカパ産の葡萄酒、手作りパンを二人にそれぞれ持たせてくれた。
にこにこと微笑んだままアンジェリークがルヴァにこそりと耳打ちする。
「こんなに沢山頂いてしまって……いいお土産ができましたね、ルヴァ」
「本当ですねー。ご主人、女将さん、お世話になりました。どうかお元気で」
二人はぺこりと礼をして宿を後にして、リュカ一家と合流した。
ルヴァは宿を出てからすぐにリュカをちょいちょいと手招いた。
「リュカ、ちょっとお話があるんですよ。こちらへ」
「ん、話ですか。何でしょう。あ、もしかして『ゆうべはお楽しみでしたね』って話ですか?」
「ええまあそれなりに楽しん……げふっ、ち、違います、そういう話ではなくてですね……」
ルヴァは ノリツッコミを おぼえた!
一体何を言わせる気ですか、とルヴァはすっかり赤らんだ頬でニヤニヤと笑うリュカを見た。
少し離れた空き地──その昔プックルがいじめられていた場所だ──まで二人が移動してひそひそと会話をし始める。
「あの……実は昨日ですね、アンジェがカンダタと名乗る男に連れ去られる事件が起きましてねー」
穏やかな笑みを引っ込めて二人の顔が真剣なものへと変わった。特にリュカは心当たりがあるのか、眉間に皺を寄せた。
「……盗賊ですね。札付きのワルですよ、そいつは」
グランバニアでリュカが王家の証を取りに行った帰りに襲ってきたのがカンダタだ。シールドヒッポというカバのような魔物とセットで出てきて、やたらと痛恨の一撃を繰り出してくる奴だったことをリュカは覚えている。
「でもあいつ、相当強いですよ。だから子分が何人もいて、伝説の大盗賊として崇められてる部分もあるみたいです」
伝説の大盗賊が魔物と組んで人殺しに加担するとはいよいよ堕ちたものだとあの頃マーリンが毒づいていた。
そんなリュカの様子を気にすることなく、ルヴァが穏やかな調子で続ける。
「うーん……確かに二度ほどバッサリ斬られてしまったんですけど、上位魔法数発で気絶させてきました」
顎に手を宛がいながら、片眉をくいっと持ち上げるリュカ。
「うん……? ちょっと待って、それはおかしいですよ。いくら上位魔法でも数発程度じゃ倒せないです、カンダタは。もしかして子分のほうじゃないですか?」
「そうなんでしょうかねー、昔は鎧を着ていたとアンジェには話していた様子ですが」
どうでもいい会話を引き伸ばし、たらし込み、とにかくルヴァが来るまで粘って時間を稼いでいたことを聞いて吹き出しつつも、無事で良かったと安堵したことを思い出す。
「鎧……ああ、それなら確実に子分のほうです。カンダタは憧れられてる一面もありますが今は子分らしい子分を引き連れてはいませんから、恐らくは襲名を狙った子分の成りすましでしょう」
なるほど、とルヴァの中で合点がいった。
伝説というには程遠い、随分と杜撰な攫い方だとは思っていた。しかもあんな古城でのんべんだらりと酒を呑むなど時間の無駄だ。大盗賊に憧れて成りすました別人という説明が一番しっくりくる。
「どのみちアンジェが回復をしてくれなかったら、私は殺されていたでしょうけどねー。まあとにかく、それであなたたちと合流するまで足止めをと思って、裸にして縛り上げて転がしてきたんですよ」
「は、裸ですか……うっわ恥ずかしー!」
ぷくく、と笑いを噛み締めて肩を震わせるリュカ。
「なんだかアンジェに妙に執着していたもので、可哀想でしたが得物と覆面と靴を窓からどうにか放り投げてきましてね」
あのとき見たくもないブツが視界に入ったことを思い出してしまい、ルヴァの顔がうんざりと仏頂面になったが、リュカは腹を抱えて笑い転げている。
「それ何もかも全部捨てたって話じゃないですか! わー、それは見てみたいなあ。どうしよう〜そんな光景面白すぎてぼくときめいちゃう〜」
「そのまま放置してきちゃいましたけど、どうしたものかと悩みましてねー。合流したらご相談しようと思っていたんです」
人が早々来るような場所でもないところだ。餓死でもされたら気分が悪い。
「んー? んー。どうせ助けたって碌なことにはならない気もしますけど、念のため見に行くならお供しますよ」
若干どうでもよさげな口調のリュカ。面白がってはいるが盗賊の生死は他人事といった様相だ。
「ではすみませんが寄って頂けますか。あのまま死なれでもしたらと思うと、どうにも落ち着かなくて……」