冒険の書をあなたに
リュカが移動呪文ルーラを唱えてすぐに一行はラインハット城前に到着した。
ラインハット城は深い森に囲まれたグランバニア城とは違い、草いきれの香りが漂う平野にあった。
城の周辺をぐるりと囲むように険しい岩山が連なり、その麓を低山が滑らかな曲線を描き並んでいる。そして広大な草原の南側にはこんもりとした森がある。
防御に優れた自然の要塞とも言えるその地形は城を構えるにはうってつけの場所だ。
すぐ目の前で大人の膝丈ほどの草の穂が風に揺さぶられ、一斉に同じ方向へと流れた。
草の上を風が走っているのだと、ルヴァはその光景に見蕩れ────こみ上げる嘔吐感を必死で堪えた。
瞬間移動で時空を一気に歪めている分だけ、内臓への負担がどうにも大きかった。船酔いとも違う、体の内と外が思い切り反対方向にぐにゃりとねじくれるような違和感が消えない。
顔面土気色のルヴァ以外は全員──アンジェリークですらも──平然としている。
そんなルヴァを見てアンジェリークが心配そうに声をかけた。
「ルヴァ、大丈夫? 吐いちゃうと楽になるわよ」
「あー……そこまで酷くはないので大丈夫ですよー……。しかし、これはとても便利な呪文ではありますが……なかなかにきついですねー……聖地の次元回廊はどうということもなかったんですが……」
ルヴァの背中をそっとさすりながら、アンジェリークが苦笑いした。
「仕方ないわ、結構急な移動だったし。合う合わないってどうしてもあるもの」
二人の様子を見てティミーも心配そうにルヴァの背中をさする。
「初ルーラのときはぼくも気持ち悪かったよ。ずーっとぐるぐるしてる感じで……でもお姉ちゃんは平気そうだね」
「わたしはこういう不安定なの、昔から結構平気なのよ。怖いとは思うけど、気持ち悪くなったことあんまりないの」
実に爽やかな笑顔でけろりと告げられた言葉に、ルヴァはふと思う。こういう部分での丈夫さも女王の資質に入っていたのだろうかと。
グランバニアは城内に町が作られていたが、ラインハットはごく一般的な造りをしていた。
民と王族が一つ屋根の下で一丸となっている印象のグランバニアに対し、民と王族との間にきっちりと線引きされたラインハット。
ルーラの影響からようやく復活したルヴァが、アンジェリークと腕を組んで楽しげに町並みを眺めて歩いている。
きょろきょろと見渡しながらアンジェリークが口を開いた。
「ここのお城は大きいわねー。それにしっかり城下町〜って雰囲気」
女王候補の頃、幾度も大陸に降りたことをアンジェリークは懐かしく思い返した。今はもうあの大陸も発展を遂げ、あの頃ののどかな面影は殆どなくなってしまっている。
「そうですねー。こうして見るとこちらの世界でもグランバニア城は変わった造りなんでしょうかねえ」
一行は賑やかな商店の呼び込みなどが雑多に入り混じった喧騒の中をゆっくりと通り過ぎ、城へ続く跳ね橋を渡った。
城の衛兵たちがこぞってリュカに敬礼をしていて、リュカは笑顔で片手を小さく挙げて城の中へと進む。
「リュカさん、顔パスだわー。さすが王様よね」
アンジェリークが感心したように呟くと、ティミーと並んで前を歩いていたポピーがくるりと振り返った。
「お父さんは昔ここで悪い魔物さんをやっつけたんで、救世主だって言われてるんです。凄いでしょ、えへへ」
頬を染めてとても嬉しそうなポピーに、二人はすっかり微笑ましくなって目を細めた。