冒険の書をあなたに
アンジェリークは長い睫毛を閉じ合わせ、暫し沈黙してから一言だけ呟いた。
「そう……ですね」
(竜の神さまも迷っていらっしゃるのね……人の世界のことは、人が解決しなくてはいけないものだと仰ってはいるけれど)
それはまさしく神の視点であり、秩序を守るために必要な道理でもあった。
「わたしも……神鳥の宇宙を統治する者として命を守る責任があります。ご忠告、感謝致しますわ」
もしこれが女王候補の頃だったならば、間違いなくリュカたちと共に戦っただろう。
そしてあの頃のルヴァだったなら、そんなアンジェリークを引き止めはしなかった筈だ。
だが今は神鳥の宇宙全体を守る女王としての視点が備わり、アンジェリークはマスタードラゴンの忠告を素直に受け止めることができた。ルヴァは何も言わなかったが、今の彼はアンジェリークを説得する術を熟知している。
そんな女王アンジェリークの決断に、ルヴァは黙したまま心の中で敬服した──宇宙の危機を経験してきたが故の、恐らくは苦渋の選択を。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
大人たちがそれぞれに口を閉ざす中、ティミーの声が響いた。
「ぼくがいるから──お父さんも、お母さんも、ポピーもいるから……負けないよ、絶対に」
見ればリュカ一家の温かなまなざしがそこにあった。ポピーも微笑んで口を開く。
「それに魔物さんたちも力を貸してくれてるから、大丈夫。だからアンジェ様とルヴァ様は他の皆を守って下さい。わたしたちは、そちらの世界に行けないから」
ポピーの言葉にはっと目が覚める思いがした。女王になる直前、ルヴァに言われた言葉が蘇る。
────あなたはあなたにしかできないことを、精一杯おやりなさい。
「そうね……そうだわ」
(こちらの世界のことは、リュカさんたちがきっと何とかする。わたしはわたしたちの宇宙をしっかり守らないと)
「……わたしはわたしにしかできないことを、頑張ってみるわ。……ね、ルヴァ」
アンジェリークが真っ直ぐに見つめるとルヴァはとても嬉しそうに微笑み、首を大きく縦に振った。
マスタードラゴンの金色の瞳が優しさを滲ませていた。
「リュカたちならばあの者の野望を打ち砕けると、私は信じている。ミルドラースの件は彼らに任せて、そなたたちは一刻も早く元の世界へ帰る手段を探すがいい。女王が長らく不在とあれば何かと問題なのだろう?」
「マスタードラゴンは人間のプサンさんになって長い間戻れなかったもんね。その間に天空城落っこちるし」
ティミーの遠慮のない突っ込みに、マスタードラゴンが小さく呻いた。どこの世界でも子供には勝てないらしい。
「……そうだ。城の者たちには長い間の不在で本当に心配をかけてしまったのでな、暫くは大人しくしていよう」
側仕えの天空人たちが一斉に何か言いたげな表情を見せる。
(暫くなんだ……ずっとじゃないんだ……)
リュカがこっそりと笑いを噛み殺しているのも見え、アンジェリークは心で突っ込みを入れた。