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第二部 レーゲンスブルグ編1(74)であい

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1905年1月 レーゲンスブルグ―

「マリア・バルバラさん、今日はお茶会にお招きいただきありがとうございます」

「いらっしゃい、イザーク・ヴァイスハイト。…この方が?」

「はい。彼がダーヴィト・ラッセンです。先日ご招待を頂きました折にお話ししました…」

「ああ、ユリウスと…弟と仲良くされていた方ね。初めまして。ユリウスの姉の―、マリア・バルバラと申します」

イザークに引き合わされたマリア・バルバラと名乗るユリウスの長姉が、ダーヴィトに右手を差し出した。

ユリウスとだいぶ齢の離れたこの長姉は、後添いの子のユリウスと腹違いだと以前に聞いていた。
長身で黒髪のこの姉はユリウスとはだいぶ雰囲気が異なっていたが、やはり血の繋がりなのか、どこか似ているようにダーヴィトは思えた。
彼女の全身から醸し出される気品と威厳が旧家の令嬢にいかにも相応しい…と感じた。

「なにか?私の顔についておりますかしら?」
知らず彼女の顔をじっと見つめていたのだろう。少し怪訝そうに小首を傾げ、マリア・バルバラがダーヴィトに訊ねた。

「あ、いや、失礼しました。…ユリウスに、どことなく似ているな…と思いまして」

ダーヴィトの言葉に、マリアがふと、そのややきつい顔立ちを綻ばせた。

「ええ、そうね。あの子は…お継母さまに瓜二つだったのに…、それでも血の繋がりなのかしら、たまに言われてましたわ」

― さあ、今お茶を淹れさせますから、楽しんでいって下さいな。

そういって、マリア・バルバラは美しいウェッジウッドの茶器に注がれた澄んだ水色の薫り高いお茶を二人に勧めた
そのお茶は―、まるで彼女の物腰のようにすっきりと品のある香りと味わいだった。

「ダーヴィトさん、あなたがユリウスの…義弟の殊に仲の良い学友だったと、こちらのイザークからお聞きして…、今回はイザークに頼んで、あなたに引き合わせてもらったのですが…あの子が、ユリウスが姿を消して、もう二月になりました。こんな狭い街で、こんなに杳として行方が分からなくなるなんて…。それで仲の良かったあなたに、二か月前のあの子の様子をお聞きしたくて…。何か…おかしな様子など、ありませんでしたか?思い悩んでいるとか…」

マリア・バルバラの真剣な表情は、本当にこの血の繋がらない弟―、実のところは妹なのだが―、を心配している事をうかがわせた。
ユリウスがこのまま見つからなければ、遺産と家督は彼女のものになるのに…、それでも真摯に弟の身を一心に案じている姿に、彼女の誠実な性格が見て取れた。

― 彼女ならば、打ち明けても大丈夫だろう。もうユリウスは、恐らくアーレンスマイヤ家の跡取り息子のユリウス・フォン・アーレンスマイヤとして存在していない。そして…。

ダーヴィトはマリア・バルバラの顔を真っすぐに見て、口を開いた。

「ユリウスは、恐らくドイツにはいないと思います。…恐らく、ユリウスが今いるのは、ロシア…、ロシアにいる可能性が高いです」

マリア・バルバラは、ダーヴィトのその仮説に、訝し気に眉を少し潜めた。

「ロシア?」

「ええ、ロシアです。それから―」

ダーヴィトがマリア・バルバラに、肝心な…これから話す彼女の失踪の恐らく真相の大前提となる事実を彼女に切り出した。

「ユリウスは、実は女の子だったんですよ。…マリアさんも、あいつを見ていてどこか違和感を感じたことはありませんでしたか?声、背格好、身体つき、肌の質感…。男装していても明らかに…あれは男性のものではありません」

ダーヴィトに指摘されたマリア・バルバラが、言われた通り弟の姿を思い浮かべる。確かに、ユリウスは背格好も自分より華奢で小さく、ふとした時に垣間見た柔らかな金の髪に縁どられた横顔などは柔和で、白い顔に影を落とす長いまつ毛と相まって、まるで美少年というよりも美少女のようだと埒もなく思ったものだった。
そして―、あの澄んだソプラノ。

「思い当たりますよね。彼女は―実は女の子だったんです」

「でも…、なぜ?」
真実を突き付けられ困惑するマリア・バルバラにダーヴィトが答える。

「なぜって。それは一番あなたがお分かりになる事じゃないのですか?突然跡取り息子としてアーレンスマイヤ家に現れた少年。彼はアーレンスマイヤ家に入って何を手にすることになったか…」

その答えに、マリアは思わず「あ!」と小さく声を上げた。

「そうです。アーレンスマイヤ家の家督と財産です。恐らく…彼女の周りの人間、多分母親と彼女に近しい人間が画策したことでしょう」

「でも…でも。女の子が男の振りをするなんて…、そういつまでも隠し通せるものではないわ…」

「そうでしょうね。実に計画性のない、バカげた計画だ。…事実、僕は彼女が女だという事を…割と早い時点で見抜いてましたし、イザークもそうだ。そして、彼女と共にこの街を去ったと思われる、クラウス・ゾンマーシュミットもね。…ほかにも何人かいたかもしれない。遅かれ早かれ…この計画は破綻し、彼女はここへはいられなくなっていたでしょう」

「そんな…でも…なぜお継母様はそんな無謀な事を…娘に強いてまで…」

「貧すれば鈍する…という言葉があります。失礼ですがあなたのお父様に棄てられたユリウスの母上は、困窮のあまり魔が差して…、それにつけ込んだ悪い人間の入れ知恵に乗ってしまったのではないかと思いますよ。彼女ら母子に、ぴったりとコバンザメのようにくっついていた人間がいませんでしたか?」

そう言われてマリア・バルバラはハッとある人物を思い出した。
レナーテとユリウスが屋敷は迎え入れられた時に、主治医だと言って一緒にやって来て住み込んでいた、ヤーンという男!

「心当たりがあるのですね?」

「ええ。ユリウスの主治医…という男がおりました。毎月かなりの報酬をその男に支払っていて、私一度お継母様にその事を指摘したことがございました」

「恐らくこの計画の青写真を描いたのは、その男でしょうね。おそらくユリウスのお母さんはこの秘密をネタに強請られていたんだろう。― 今はその男は?」

「ある日突如姿をくらましました。いかにも抜け目のなさそうな男なのに、給与も貰わず、本当に夜逃げのような形で突然…。素性が良くなさそうに見えましたから、失踪後何か持って行かれたものはなかったか、金庫や調度品など厳重に調べましたが、特に被害はありませんでしたわ。本当に腑に落ちない…不可解な一件でしたが」

「そうですね。実に不可解だ」

「その後国家警察の刑事が捜査にやって来て…色々訊かれましたわ。あなたが仰るようにどうも質の良くない人間だったようで…、別件の問題が色々あったようですわ」

「そうですか。…何にせよ…彼女の意思に反して、こんな馬鹿な事の片棒を担がされる羽目になったユリウスが…気の毒ではありますね」

「ええ…。もし、あなたの言っていることが真実だったら、本当にそうだわ…」

マリア・バルバラが心の動揺を落ち着けるように、微かに震える手でティカップを取った。

「僕はこんな荒唐無稽で不謹慎な嘘など申しません。さぞかし驚いた事と思いますが…全て真実です」

ダーヴィトはマリア・バルバラが落ち着くのを待って切り出した。