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鳥籠の番(つがい) 1

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鳥籠の番


「大佐、出撃の準備が整いました」
シャアは自分に敬礼をする青年パイロットに視線を向ける。
「うむ、では行こうか」
「はっ」
ネオ・ジオンの黒いパイロットスーツに身を包んだその姿に複雑な表情を浮かべながら、シャアはその青年パイロットの元まで歩み寄ると、その顎をそっと掴む。
「大佐?」
シャアの行動に驚きながらも、特に抵抗する事なくシャアの青い瞳を見つめる。
そんな青年パイロットの琥珀色の瞳をシャアも見つめ返し、その瞳の中を覗き込む。
「君の活躍を期待している」
「はい、必ずや大佐のお役に立ってみせます」
琥珀色の瞳は、真っ直ぐだがどこか輝きが薄い。その事にシャアは少し表情を曇らせながらも、コクリと頷いて青年に背を向けた。
「行くぞ!」




UC0089.10.5
その日、エゥーゴを離れ、密かに反連邦組織を立ち上げていたシャアの元に、ある報告が届いた。
それは、連邦管轄のニュータイプ研究所より、ある被験体を入手したとの連絡だった。
シャアが立ち上げた組織、ネオ・ジオンでもニュータイプ研究は行われており、強化人間の養成が行われている。
その研究のデータサンプルになればと、連邦に潜入していた同胞の研究者がその被験体を連れ出して来たと言うのだ。

一年戦争当時、ジオンのフラナガン機関にかなり遅れをとっていた連邦のニュータイプ研究は、一人のニュータイプの被験体の存在により、その成果を飛躍的に向上させていた。
連邦軍はその被験体から入手したデータを元に人工ニュータイプである強化人間の養成に力を入れ、実用化にまで漕ぎ着けた。
実際に、グリプス戦役と呼ばれたティターンズとエゥーゴの戦争時は複数の強化人間が投入され、実績を上げた。
しかし、過剰強化により、精神崩壊を起こす被験体が相次ぎ、強化人間の実戦投入はグリプス戦役後、中断されていた。

人間を強化するにあたり、どうしても避けられない精神の異常に対処する為、強化人間には必ずマインドコントロールが施される。
それにより、絶対服従な人間兵器が造られるのだ。

「ほう、被験体が?」
「はい、既にマインドコントロールも施術されており、直ぐにでも使用可能です」
シャアの副官、ナナイ・ミゲル大尉が報告書を見ながら淡々と告げる。
「“使用可能”か…ナナイ、少し言い方に気をつけ給え」
シャアは強化人間を兵器として使用する事に異論は無いが、あくまで人として扱おうとする。
それはかつて、自身が戦争の道具として使った、ニュータイプの少女の事があるからだろうとナナイは推察する。
「はい、申し訳ありません」
「その被験体のデータは?」
「こちらに」
ナナイは少し戸惑いながらもデータを表示した端末をシャアに差し出す。
それを受け取り、内容を確認したシャアが暫し動きを止める。
「…ナナイ…この被験体は“強化人間”か?」
「いいえ、先天性のニュータイプです。それを更に強化し、命令に従順な状態にしております」
「先天性…?」
「はい、実物を御覧になられますか?現在、研究所で最終チェックをしております」
「最終チェック?」
「はい、連邦の罠の可能性もありますので、発信機などの身体的なチェックとマインドコントロールの状態をチェックしております」
「…罠か…連邦ならばやり兼ねんな、分かった。確認しよう」
「では、手配を致します」
「うむ」
ナナイの提示したデータには被験体のヒューマンデータや画像データなどは無く、ただ、ニュータイプとしての素養や能力値などの検査結果のみが表示されていた。
しかし、その結果は今までネオ・ジオンで養成されたどの強化人間よりも明らかに秀でた数値であり、さらに先天性と聞き、シャアの興味を大いに引いた。


研究所内の通路を歩きながら、シャアは隣を歩くナナイから何か緊張を感じる。
「どうしたナナイ?」
「…いえ…」
「ところでナナイ、被験体の年齢と性別は?」
「…二十五歳、男性です」
「ほう…珍しいな。連邦の被験体は女性が多いようだが…」
「そうですね。確かに連邦にはその傾向があります。情緒的に不安定な少女はマインドコントロールの影響を受け易いですから」
シャアはグリプス戦役時にカミーユに接触してきた二人の強化人間の少女を思い出す。
フォウ・ムラサメとロザミア・バダム。
どちらも最終的には強化をし過ぎた為に精神を病み、哀しい最期を遂げた。
「そうか…」
そのまま暫く歩き、いくつかのセキュリティゲートを超えた最奥の部屋に辿り着く。
「こちらです」
「随分と厳重な場所だな」
「今回の被験体は少し特殊ですので、機密漏洩防止と…万が一の逃走防止の為にこちらに収監しております」
「“逃走防止”?マインドコントロールは施術済みなのだろう?」
「はい、ですが何があるか分かりませんので」
そう言いながら、ナナイはセキュリティコード打ち込みドアを開く。
室内に入ると、中央にシート式の検査台が置いており、そこに検査着を身に纏った被験体と思われる青年が座っていた。
頭部はドーム状のカバーで覆われていて見えず、四肢はシートに固定され、いくつものコードに繋がれていた。
「彼か?」
「はい、これから最終調整を行います」
「最終調整?」
「大佐をマスターと認識させる為のマスター登録をします」
「マスター登録とはなんだ?」
「強化人間の主人となる者をマスター登録する事で、この被験体は主人に絶対服従となります。今回、大佐にはこの被験体のマスターなって頂きます」
「絶対服従か…あまり聞こえの良いものではないな」
溜め息混じりに呟くシャアに、ナナイも複雑な表情を浮かべる。
「ですが、非常に重要なものです。強化した者はどうしても精神的に不安定になります。しかし、確固たる主人の命令に従う事で精神が安定するのです」
「そういえば、ハマーンの配下で進めていたプルシリーズも同様の処置をしていたな」
「はい、しかしマスター設定が甘かった為に途中でマスターを変更してしまうという状態に陥り、結果不安定となってしました。今回は更に強化した設定を施します」
「そうか…」
あまり気の進まないシャアだったが、今後の連邦との戦いには強化人間は必要不可欠な戦力だ。その戦力を確実なものとするのに必要とあれば致し方ないと自分を納得させる。
「それでは大佐、始めます」
ナナイと数人の研究者が端末を操作し始めると、それまで眠っていた被験体が呻き声をあげ始める。
「うっ…うううああああ」
「ナナイ!?ちょっと待て!止めろ!この声は!」
シャアは聞き覚えのある声に驚き、ナナイに処置を止めるように言うが、ナナイはその手を止めない。
「ナナイ!」
被験体の前に回り込み、その顔を確認する為、ドーム状のカバーの中を覗き込む。
そして、息を飲む。
そこに居たのはシャアの予想通り、かつてのライバルであり、ファーストニュータイプのアムロ・レイだった。
「ナナイ!止めろ!」
「大佐、止める事は出来ません。今、途中で止めれば精神崩壊を起こす恐れがあります」
「ナナイ!?」
次第に呻き声が大きくなり、ビクビクとアムロの身体が痙攣を始めた頃、頭部を覆っていたドーム状のカバーが開かれる。
「うああああああ!」
「アムロ!」
作品名:鳥籠の番(つがい) 1 作家名:koyuho