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自分らしく
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彼方から 第一部 第四話

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第四話

≪ちっ≫
≪あの行商人、どうやら見失っちまったな≫
 星の光も見えない暗闇の中、松明の明かりがぽつぽつと揺れ動いている。
 数人の男たちが、行商人の行方を捜していた。
≪残念だったな、その時おれがいりゃ、逃がしゃしなかったのによ≫
 顎から耳に掛けて、張り付くような髭を生やし、左肩に眼つきの鋭い小動物を乗せた男が、松明の明かりを受けながらそう言って口元を歪め、下卑た笑みを浮かべている。
≪まったくですぜ。間の悪い時にお出かけで≫
 夜が明け始めたのか、男たちの影が浮かび始めた。
 馬を連れ、四・五人の男たちが集まっている。
 少し離れて話を聞いている、小動物を肩に乗せているこの男は、彼等の上に立つ者だろうか、他の連中の彼に対する言葉遣いは、粗いながらも丁寧だ。
≪ちくしょう、こっちはケガまで負わされたんだぜ≫
≪そうとも、諦めやしねぇ。しらみつぶしに捜してやる≫
≪あぁ!≫
 山の稜線から陽が昇り始めた。
 空を染め、山脈や森、林の影を浮き立たせ、一日が始まる。
≪ここら一帯をとりしきる盗賊団は、ケチつけられたまま逃がす程、甘くはねぇんだ≫
 不穏な気配を、辺りに漂わせながら。

   *************

 青く、高い空を、一羽の鳥が甲高い鳴き声を響かせて飛んでゆく。

 ――こ……これは

 普通であれば、雨の予兆すら感じさせない澄みきった空を、気持ちよく見上げたい所だろう。

 ――こわいっ! あーん、こわいよっ

 だが、今、ノリコはそれどころではなかった。

 ――ガラッ……ガラガラガラ……
「きゃあ!」
≪おれの手を離すな、ノリコ≫
 あの洞窟を出てから一夜明け、二人は今、聳り立つ岩壁に辛うじてある、人一人がやっと通れるような、足場としか言いようのない道を通ろうとしていた。
 その道が、人の重さに耐えかねるように、歩を進める度に少しずつ崩れる。
 崩れた破片は小さいものは風に運ばれ、大きなものは遥か下に広がる森へと消えてゆく。
≪あと少しだ、おれがいる。安心して来い≫
 先を行くイザークが、高さと少ない足場に怖がり進めずにいるノリコを、励ますように声を掛けている。
 岩壁に張り付くようにしているノリコ。
 確かに、彼の先にある道は、今いる場所よりも道幅が広く、張り付くようにしなくとも歩けはするだろう。
 だが、その高さ故に吹き抜ける風の音は高く、そして強い。

 ――やだよーー、もう進みたくないよー

 これが、下に落ちても良いよう、安全が確保された遊具だと言うのならノリコもここまで恐がることはない。
 ここは違う。

 ――でも、行かなきゃ。ああ、どうしよう、体がうまく動かない

 風の強さ、今いる場所の高さ、そして、足下の心許無さ……極めつけは落ちることへの恐怖。
 これらの相乗効果が、ノリコの体の動きを鈍らせ、硬くしてしまっている。
 震える体を、必死に動かそうとしているが、遅々として進まない。
 何とか恐怖心を克服しようとしていることは窺えるが、それを待っていては陽が暮れてしまいかねない。
 何より、こんな場所で一か所に留まっている方が……
 動けずにいるノリコを見兼ねて、イザークは一歩、彼女に近づいた。

 ――あ……

 まるで、それを待っていましたと言わんばかりのタイミングで、風がノリコの体を岩壁から剥がしてゆく。
 
 ―――……風が!

 風に逆らう事も耐える事も出来ず、浮かされた体は当然、重力の法則に則って行こうとする。

 ――ガッ!

 間一髪、イザークの手がノリコの手を掴んだ――と思ったのだが……
「きゃーーーーっ!!」
 残念な事にノリコの体は既に落下の一途を辿っており、成す術もなく落ちる彼女の手を取ったイザークも、一緒に落ちていた。

 ――もう、だめだーっ!

 何もない空中に投げ出される恐怖は如何許だろうか。
 自分の体が空を切る音、落下の速度・感覚。
 そのどれもが、『生』を容易く諦めさせる。
 ノリコは恐怖に瞼をきつく閉じた。

 共に落ちたイザークは至って冷静だった。
 落ちる恐怖に動じることなく、いや、落ちたこと自体、まるで予想でもしていたかのようだ。
 掴んだノリコの手を引き寄せ、その体を抱える。
 落ちながら、眼下に広がる様相を見極めている。

 ――キャーキャー! イザークごめんね! キャーキャー!

 頭と体をしっかりと彼の胸に抱えられ、その体に必死にしがみ付きながら、ノリコは心の中で叫び、謝っていた。
 しっかりと落ちる先を見据え、イザークは岩壁の凹凸に落下の速度を少しでも落とすかのように踵を掛けた。
 壁を削り、速度に任せ滑り落ちて行くイザーク。
 ノリコの体を保護し抱えた状態でそれが出来る、その運動能力は驚嘆に値する。
 抵抗を与えたとはいえ、それなりの速度で落ちている中、彼の眼は、行く先に見えて来た、鋭利に切り立つ岩石群の姿を捉えていた。
≪は――――≫
 突っ込めばただでは済まない。
 イザークは気合を込めると、グッと、両足に力を入れ、岩石群を避けるために壁肌を蹴っていた。
 その口元から覗いたのはキバ……だろうか。
 岩壁に沿い、滑り落ちていた体を再び宙へと放りだす。
 間近に見える、地面も見えないほど鬱蒼と茂った木々の中に、その身を躍らせる。
 二人の体を、幾重にも重なり伸ばされた枝葉が受け止めてくれ、代償として、木々の枝は激しく折れ、緑の葉が撒き散らされていった。
 
 イザークが身を挺して緩めた落下速度は、木々のクッションで更に落とされ、運が良いのか、それとも予め分かっていてそこに落ちたのか、低木の細かな枝によって完全に吸収されていた。
 しかも、彼はきちんと、ノリコが枝葉で傷つかないよう、自分が下になっている。
≪はぁ……≫
 細かな枝や葉が、パラパラと、落ちた余韻を伝えるように、上から降りかかってくる。
≪……ったく≫
 イザークはゆっくりと左手を上げると、
≪なんでおれが、こんなことをしなくてはならんのか≫
 そのまま額に当てた。

 もう、落ちていないことに気づいたのか、ノリコが瞼を開いた。

 ――生きてる……

 まだ、落ちた名残の細かな枝葉が舞っている中、体を起こし、辺りを見回した。
 周囲には、樹海と違い様々な種類の緑の濃い草木が生えている。
 背の高いものから低いものまで、自然の豊かさが感じられる、森。
 見上げた先に、先ほどまで自分達がいたであろう岩壁の、足場のような道が見えた。

 ――あんな高いところから……あーーーんな……

 ところから落ちたのに――である。
 これでノリコは、何度イザークに命の危機を救ってもらっただろうか。
 成り行き……なのかもしれないが、正直な所、イザーク自身、彼女を救わねばならない義理はない。
 いずれ、殺さなくてはならなくなる相手なのかもしれないのだから……
 だが……

「あ」
 むくっと、体を起こしたイザークに気づき、
「ご、ご免なさいっ、のっかったままで」
 ノリコはすぐに彼の体の上から退いた。
 ――のは良かったのだが……
「あ」