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『掌に絆つないで』第一章

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Act.01 [幽助]


久しぶりの魔界。
幽助と蔵馬は雷禅の部屋で一晩休み、その翌朝、準備が進むトーナメント開催地へ訪れていた。
受付すらまだ始まっていないというのに、大会開催が待ちきれない猛者たちでごった返す会場。いつもの光景だった。
「やっと来たか」
幽助たちの左サイド、唐突に一人の男が現れたが、二人は驚く様子もなく彼と言葉を交わした。
「よ、飛影。久しぶり」
「元気そうですね」
「貴様らは、相変わらずだな」
二人同時に挨拶を投げかけると、いつもの飛影らしい挨拶が返った。
相変わらずはお互い様だ。
幽助は久々に飛影を目の前にして、根拠もなく嬉しかった。知らず知らず上機嫌になり、口数も増える。
飛影は嫌がったが、すぐに立ち去ろうとするのを意味なく引き止め、蔵馬と二人で躯や他の連中たちとの交流があるとかないとか、そういう話で延々飛影を問い詰める。意外にも、飛影は面倒くさそうな顔をしながらだが、自分たちの問い一つ一つに答えた。
なんか、飛影って丸くなったよな。
口に出せば睨まれそうなことを考えていたとき、ふと飛影に見覚えのある妖怪が近寄り耳打ちした。
幽助の記憶の曖昧さからいくと、かつて躯の部下だった者とみえる。
「…またか」
報告を受けた飛影は、不機嫌な声でつぶやいた。
「どうかしましたか?」
「また人間が迷い込んだらしい……が、最近はそれだけじゃない。妙な姿でな……」
「妙な姿?」
「来ればわかる。気になるならついてこい」
説明が面倒だったのだろう、飛影はそういいながら移動を始めた。幽助たちは彼についていくことにした。

魔界へ紛れ込んでしまった人間は、中年の男。
紳士協定が結ばれて以来、誤って人間が魔界へ踏み込んでしまうわけだが、ここへ辿りつく前に何があったのか、全身に火傷を負ってすでに息はなかった。
「空中に放り出されて地面に激突する奴は昔から多かったが、火傷してる奴はここ最近だ」
すっかりパトロール経験も豊富になった飛影が説明を入れる。邪眼の力を見込まれて、そこそこの報酬を条件に長期間任務についているらしい。
「なんで火傷なんだ?」
「オレがそこまで知るか」
「まるで結界に触れたときのようだね」
蔵馬が迷い人の身体に触れ、観察しながら口を開いた。
「でも、結界はもうないんだろ?」
「そのはずだ。あったとしても、火傷を負わせるような結界を潜り抜けてこちらに迷い込むとは、考えにくいね。オレたちは何にも触れずにこちらまで来てるし……」
「コエンマに聞いてみるか?」
「多分、霊界はすでに気づいているでしょう。彼が何も言ってこないのは、それほど重要視することじゃないのかもしれない。ただ、早く対処しないと迷い込む人間の犠牲者が増えるね」
「フン、人間の命も霊界の指図も、オレには関係ない。いいか貴様ら、先に言っておくぞ。オレに揉め事を押し付けるなよ?」

幽助はとっくに霊界探偵を辞めていた。いや、辞めさせられたはずだった。ところが、霊界内で不祥事が起きた直後から、知らぬうちにまた霊界探偵の役割を担わされている。
コエンマの策略にはまったような気もするが、彼自身、人間界や魔界で起きた霊的な事件を見過ごせない、職業病みたいなものを患ってしまったらしい。案外協力者も多い。
その協力者の中から飛影を削るつもりなど当の幽助には微塵もなかったが、もちろん本人に向かって明言はしない。
なにやら、事件のにおいがする。
幽助が顎に手を添えて悠長に探偵を気取っていたとき、ふいに頭上から強いエネルギーが発せられ、三人は同時に空を仰いだ。
彼らが視線をやった空中には、見たこともない赤紫色の光が渦巻いていた。
「……なんだ…!?」
考えている間もなく、逃げ場もわからないまま、彼らはその光に包まれてしまった。
全身を覆い尽くすような光。無意識に腕をかざして視界から光を遠ざけようとするが、両目をきつく閉じても、貫かれそうな強い光だった。
ところが次の瞬間、その光は跡形もなく消えた。
まぶたに焼け付くような感覚だけを残し、忽然と消え去った光。空を見上げても、もうそこには何もなかった。
「……今のはなんだ……」
呆然と、飛影のつぶやく声が聞こえる。

幽助は自分の身体を確かめたあと、二人を見やった。特に外傷があるわけでもなく、ただ突然のことに表情を失った彼らの姿が見えるだけ。さらに周囲を見回しても、さきほどと変わらぬ風景。横たわった迷い人さえそのままだ。
「……二人とも、大丈夫か?」
声を絞り出すように訊ねる蔵馬に、幽助はただ黙って頷いた。
一体、なんだったんだ。
三人のうち、一人としてその答えを持つ者はいなかった。