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『掌に絆つないで』第一章

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Act.02 [飛影]


考えてみても、思い当たるものはない。訊ねようにも、誰に聞けばいいのかわからない。
昨日、幽助たちと三人で見た赤紫の光を思い起こしてみるものの、何の回答も得られない。
飛影はそれ以上考えることを止め、木の上で暗い空を渡る雲を眺めた。

忌み子、飛影。
名もつけられぬまま、氷河の国から放り投げられた。
誰に呼ばれることも望みはしなかったが、名無しでは面倒なことが多い。盗賊が気まぐれにつけた名に不服はなく、いつしか名を聞いて震えあがる輩を見ては満足するようにもなっていた。
氷泪石を失くし、邪眼をつけ、氷河の国を見つけた。そこで知った妹の存在。人間界に渡るが、邪眼を持ってしても雪菜は見つからない。すでに死んだのだとあきらめたとき、一度だけ人間界で名を轟かせてやろうかと考えた。
その野望を邪魔したのが、幽助。直後、仕組まれたように雪菜も見つかった。

何年か前に、雪菜は人間界での暮らしを捨て、今は氷河の国に戻っている。
百年前に結ばれた紳士協定とやらは、存続しているものの意味を成していない。妖怪たちは自ずと魔界に帰り、人間界はまた人間どもの欲望渦巻く楽園と化していた。
何を好き好んで人間界で暮らそうとするのか。
もともと人間だった幽助と人間に憑依した蔵馬は魔界で暮らさず、トーナメントの時期以外は人間界に留まっている。もう自分の守るべき相手さえ、そこにはいないというのに。

人間界へ思いを馳せると、自ずともう一人、懐かしい顔を思い出す。雪菜を守ると言い張って、雪菜より先に寿命を迎えたバカな男。
冥土の土産に教えてやればよかった、雪菜が探し続けた奴の正体でも。
枝の隙間から、月が覗き見た。
……オレもヤキがまわったか。くだらん発想をするようになったものだ。
闇夜を切り裂いたような細い月に、ときどき雲がかぶる。その雲が、空に浮かぶ島とだぶって見える。
オレを拒んだ氷女たちの、オレが探していた妹の、そしてオレを産み落としたバカな女の、国。
もう一度行きたいと思うような場所でもなかった。
帰れもしない、懐かしくもない、あの流浪の城。それでも、もう生きてはいない女の影だけが、ときどき知らないはずの故郷を思い出させるのだ。
月が雲に覆われた後も、飛影はいつまでも空を仰いでいた。