敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
宇宙に平和を
『まさか』と、交信のときに藪の母親はテレビ電話の画面で言った。『まさか、あんたが〈ヤマト〉の乗組員だなんて……』
『なら、なんとかならんのか』と父親もその隣で、『今からでもまだ間に合うかもしれん。お前がガミラスに降伏するんだ』
「は? あのねえ、父さん母さん……」
『そうよ! あんたよ! あんたが降伏すればいいのよ! 今までのことを謝って、誠心誠意相手に尽くせば、きっとガミラスはわかってくださる。同じ文明人ですもの! 宇宙に悪い宇宙人の文明なんてひとつもあるわけないんだもの!』
『そうだ! 助治! お前だ、お前が宇宙を平和にするんだ! 戦争のない宇宙を作れ!』
「おれは一介の機関員で……」
『ならばみんなを説得しろ! ひとりを説けば正しい考えを持つ人間がふたりになる。ふたりが四人、四人が八人、八人が十八人だ。三十八人に六十八人、その次がええと、八十八人。そうやって倍々にしていけば、一年で全宇宙が平和になる!』
『戦争のない宇宙!』母が叫んだ。『戦争のない宇宙! そうよ、憲法九条を、全宇宙の法律にするの! あなたがガミラスに降伏すれば必ずそれが実現するの!』
「って、一体、どうやって……」
『お前は機関員なんだろう、ならば船のエンジンを止めろ! 〈ヤマト〉なんていう船は即時停止し廃船にしてしまうんだ!』
『戦争のない宇宙よ! 日本の憲法九条を全宇宙の法律に!』
「そんな法律日本が守っていないじゃん」
『だからそれが間違いなのよ! だからそれでガミラスが来たの! みんな日本が九条を守らないのが悪いのよ! ああ、これではいつまでも同じことの繰り返しよ。あんたは宇宙が戦争のできる宇宙でいいの?』
『そうだ! どうして、お前は軍になんか入った! おれはお前をそんな子に育てた覚えなんかないぞ!』
「いや、あのね父さん母さん」
『〈コスモクリーナー〉なんか要らん! そんなもんは使えば必ず宇宙を引き裂くに決まってるだろう! 偉い学者の先生がみんなそうおっしゃってるのを知らんのか!』
「え? って一体何を根拠に……」
『イスカンダルのコスモクリーナーではダメなんだ! それは未完成の危険な装置で、使えば猛毒を出してしまう! そして宇宙全体をバラバラにしてしまうというのを、明らかにした人がいるんだ!』
「ふうん……」
『「ふうん」じゃない! お前には、この事実の重大さがわからんのか!』
「いや、なんでその人に、そんなことがわかるのかがわからない……」
『バカかお前は! コスモクリーナーなんて装置に欠陥がないわけないだろう。使えば宇宙を消し飛ばすに決まってる! イスカンダルの人間にはそれがわかっとらんのだあっ!』
「父さんにはわかるんだね」
『そうよ!』と母親。『わたしにもわかる。コスモクリーナーは悪魔の罠よ。それは決して使っちゃいけない禁断の装置なのよおおおおうっ!!』
『そうだ! ガミラスの装置でなければならんのだ。ガミラスの造る装置なら、完璧でなんの欠陥もない。偉い先生もそう言っている。降伏すればガミラスは青い地球を返してくれるはずだったのに、なぜ戦った! どうして基地を潰したんだ!』
『そうよ! 〈コスモクリーナー〉なんて、〈コスモクリーナー〉なんて要りません! そんなものをもし持って地球に戻るようだったら、あんたはもうウチの子じゃない! あんたは帰ってこなくていい! 〈ヤマト〉と一緒に、アンドロメダでもどこでも行って二度と戻ってこなくていい!』
『そうだ! 持って帰るのはガミラスの〈コスモリバース〉なんだ! 〈コスモリバース〉を持って帰れ!』
などと藪の両親は言い、そんな調子で三分が過ぎて交信終了となった。
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之