敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
目標
「古代進」
「はい確認。どうもお疲れ様でした」
認識票を返される。航空隊の管理室だ。
念のために聞いてみた。「もうおれ、休んでいいんだよね」
「はい。次の当直時間までは自由です。お休みください」
つっても、これを読まなきゃいけないんだよな……と、結城から渡された重いファイルを抱え直して考える。
古代は隊の部屋を出た。さてどうしよう。〈娯楽室〉とやらいうところでも行ってみるかと思った。確か、木星のイオやガニメデといった衛星や、火星の基地にあるのと似た施設が、この〈ヤマト〉の艦内にもあったはずだ。
〈ヴァーチャル・リゾート〉とでもいったか、中に入ると壁の全周に山や海辺の風景がプラネタリウムのように投影され、そこにいる気になれるというやつ。で、デッキチェアに座って本など読めるとか。
そんな施設がこの艦内にもあったはずだ。そこでこいつを読むとするかと思った。読めるかどうかもわからないが……。
しかし一体どう行きゃいいんだ。ええと、と思いながら通路を進んで角を曲がる。
そこで古代はその先にいた人間とあやうくぶつかりそうになった。
「おっと」
とその相手。古代はつい先日に、同じように人とぶつかりかけたことを思い出した。そのときに聞いた声と同じだった。
軍の制帽にピーコート。そして顔に白いヒゲ。
沖田だった。古代を見て『おや』という顔をする。
古代は慌てて直立不動し、胸に手を当てる敬礼をした。
「ああ、いい。そんなことせんで」沖田は言って、それから、「古代。お前、いま何をしとる」
「は? いえその、別に……娯楽室にでも行こうかと……」
「ほう。一緒に行っていいか」
「は?」とまた言った。応えるしかない。「ええ、構いませんが……」
「うむ」
と言った。古代が歩くとついてくる。妙なことになったと思った。
「ときに古代。その抱えとるものはなんだ」
「これですか。『読め』と命じられたもので……」
「誰がそんなことを言った。そんなものは読まんでいい」
「は?」今度こそ面食らった。「いや、そんな」
「艦長のわしがいいと言っとるんだから、そんなものは読まんでいいのだ」
「はあ……」
と言った。しかし、と思う。艦長にそう言われたと森や結城に言えるのか。
けれど沖田は続けて言う。「古代よ。目先の障害物にとらわれるな。もっと人生は遠くから眺めるもんだ。お前には青春を懸けるような目標というものはないのか」
「目標ですか」
古代は言った。ある。あると言えばあると思った。兄さんが『見る』と言った〈でっかい海苔巻き〉。天の河銀河全体を広く見渡す場所まで行って、眼で見てくる。
それがおれの目標だ。幸いにしてこの〈ヤマト〉は、兄が言っていたことがちょうどできる方向へと進んでいる。マゼランへは銀河のバルジ(中心部)を横目に過ぎてくことになるから、そこで銀河を視野一杯に見られるだろう。
それで目標達成だ。達成だけど、けどなあと思った。そんなこと、それこそこの人類を救う船である〈ヤマト〉の士官が言うことじゃないよなあ。
理想だけじゃ人はついてきてくれない。現実はシビアなもんだろう。森や結城や山本に言ったら、『それじゃダメ』と言われるんじゃないか。
考えてると、沖田は言う。「まあ、わしにまかせておけ。わしはお前より長く生きとる」
「はあ」
と言った。しかしこの人、おれがこれから娯楽室に行くのについて来ようとしてるとこなんじゃないのか。
これでいいのかなあと思っているうちに、行く手に〈艦内娯楽室〉への路を示すサインが見えた。
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之