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敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊

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異人の言語



古代はファイルのページを開いて文を読んでみようとしたが、しかし無駄な試みだった。文を追っても意味は逃げていくばかりで、何度やっても一行すらも掴み取れない。

日本語のようで日本語でないエイリアン(異人)の言語で書かれたものなのだ。そうとしか思えない――遂に古代はあきらめて、ヴァーチャル・リゾート室を出た。手に抱えたファイルの重さを感じながら、自分の個室へと向かう。

だが、とも思う。わかっていた。こいつをまるで読めないのは、そればかりが理由ではない。

さっきの出来事だ。沖田に言ってしまった言葉。そして徳川に言われた言葉。そればかりが頭の中を駆け巡り、眼が文章を追うのを邪魔する。

最後に真田がぽんと叩いていった手の感触が、まだ肩に残っている。それらが自分に目の前の文字を読ませてくれないのだ。

なんで、と思った。どうしておれは、あんなことを言ったのだろう。そして言おうとしたのだろう。『兄さんひとりも救えなかったあなたに全人類を救えると思うのか』などと……。

そうだ、そう言おうとした。もう少しで口から出るところだった。

バカげている。デタラメだ。無論わかっているはずなのに、脳でなく心臓で脈を司る神経のやつが、急に突然言葉をつむいで口から飛び出させようとしたのだ。

そうとしか思えなかった。ついこの間、同じそいつが同じことをやったように――冥王星の戦いの前に。皆に向かって叫んだように。

古代は結城や大山田や、森や山本の顔を思った。相談室を出たとき会った包帯を巻いたクルーの顔も。それから、服のポケットに入れた五枚の写真。冥王星で死なせた部下の顔もまた。

おれはあのとき皆に言った。死ぬのは許さん。断じて許さん。ひとりとしてだ。『おれは生きて帰る』と言えと――。

けれども、あれはおれじゃない。あれはおれが言ったんじゃないと古代は思った。おれではない別の誰か。日本語のようで日本語でない別のデタラメな言葉をしゃべるおれではない何者かが体を乗っ取って叫んだことだ。どういうわけかそれが通じて、しかしおれの盾になって死ぬ者が出た。

なぜだ。話が違うんじゃないのか。『生きて帰る』と叫んだのなら、彼らは死を選ばないはず――。

おれは五人の部下を〈ヤマト〉に連れ帰ってやれなかった。

わかっている。あんなもの、元々嘘だったんだ。パーティで『誰かが嘘でもああ言わなけりゃ』と言われてドキリとしたけれど、そうだ。嘘だ。嘘だった。誰もがそれをわかっていたわけなのだろう。

怖かったから。『死ぬのが』でなく、敗けるのが怖い。冥王星で〈ヤマト〉が沈めば地球人類も終わりとなる。誰も救えないのが怖い。だから生きて帰ると叫んで、死んだ。

兄さん。兄さんもそうなんだろうか。実のところやっぱりあの沖田の盾で死んだんだろうか。あの提督を地球に帰せば地球を救う。沖田のために死ねるのならば本望だと考えて……。

そんな、まさか。バカげている。まるで理屈に合っていない。だから嘘だと思った。けれど、徳川機関長は、冥王星はスタンレーと最初に呼んだのは守兄さんだと言った。そしてそこには〈魔女〉がいる。対艦ビーム砲台がある。ならばおれがむしろそれに撃たれてやると……。

言っていた、と。それはつまり、沖田の盾で死ねるのならば本望だということだ。

それほどまでに沖田を信じた? だから〈メ号作戦〉で、敵の中に突っ込んでいけた? けど、やっぱりバカげている。一隻だけで行ってどうにもなるわけないのに……。

そうは思わなかったのか、兄さん。けれどもそれが、戦場というものなのか。それは確かにあの〈魔女の空〉で、同じようにおれも考えたかもしれないが……。

それが結局、何人もの部下をおれの盾にして死なせることになったのだ。山本もまた身の盾にしなきゃならないことになった。

真田の手の感触がまだ肩に残っている。あの男にいつか言われた言葉を古代は思い出した。

気にするな、君のせいではない――そうだ、同じだった。さっきに肩を叩いていったときに浮かべた表情は、初めて会ったあのときにそう言った顔と同じだった。

あのとき、沖縄基地の人員と、本当の〈アルファー・ワン〉になるはずの者が、お前ひとりのために死んだ。だが気にするな、お前のせいじゃないんだからと言ったときの表情と。そして徳川機関長は、さっきもうひとつ言っていたな。ええと、なんと言ったのだったか――。

「古代」

と、急に声をかけられた。立ち止まって振り返る。

緑コードの船内服の男が通路に立っていた。小走りに古代の方にやって来る。

「よかった。ちょうど、今お前のとこに行こうとしてたんだ」

と言った。島大介だった。