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敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊

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神の実験室



「ええと、これは一体何? 『反乱はタコに食われると思ったから』っていうのは」

タブレットに表示された文を見ながら森が聞くと、結城は困った表情でタコのように身をくねらせた。

「あ、えーと、すみません。あたしそんなこと書いてましたか」

「うん。だから、どういうことかと聞いてんだけど」

「えーとえーと、それはですね。もし『反乱』などという言葉を冗談にでも言う者がいたら忘れず書き記しておけとの指示でしたので……」

「冗談で言ったの? ええと、この藪一等機関士というのが」

「はい」

と結城。船務科の相談室に、森は部下の仕事を見に来たところだった。

と言うより、古代進だ。一体あいつにどんな採点がついたのか聞くためやって来たのだった。で、ドレドレとデータを見て、いくらなんでももう少しいい結果を期待していた自分の不明を知らされた。

いや、わたしはあの男に、ちょっとでもテストでいい結果が出るのを期待していたのだろうか。それが自分でもわからぬが、わかりたくないと言うしかないほどに惨憺(さんたん)たる評定が下されている。

これがエースでアルファー・ワン。なのに〈海〉を渡ろうと言うのか。これで航海がうまくいくのか……船のマネジメント役である船務科員の長として、疑念にとらわれざるを得ない。が、それはさておくとして、ついでに眺めた別のデータ。藪という機関科員だが、

「この彼は後から補充で入ってきた人間なのね。まだ沖田艦長を信頼できなくて無理はない……」

「かもしれないですね。冥王星では勝てましたけど、これから先は未知の領域なわけですし」

「うん。けどなんで話にタコが出てくるの?」

「えっとえっと……なんだったかな。なんでも両親が降伏論者で、いろいろと変な話を信じ込んでると言ってました。『〈オールトの雲〉は宇宙の壁だ。波動砲を撃てばそれが裂けてしまう』とかいうようなやつもです」

「ああ、あれね」

頷いて言った。旧戦艦〈大和〉の時代から欧米のSF小説でよく書かれてきた話だろう。

『太陽系宇宙は神の実験室だ』というやつだ。宇宙は無限の広さでない。直径二光年しかない。その大きさの丸い〈部屋〉で、神はその中に太陽と地球その他の天体を造り、子供がビンでアリの巣でも見るように人を観察しているのだ、と。

〈オールトの雲〉などはない。あるのは〈ヤマト〉艦内ヴァーチャル・リゾート室の内壁と同じようなスクリーンで、それに一兆の星々が投影されているだけなのだ。だから〈ヤマト〉がそこまで行って波動砲を撃ったなら、〈この宇宙〉が裂けてしまう。

だから決して波動砲は持ってはならない兵器なのだと、ガミラス教徒や降伏論者の一部は言う。わたしの他にも頭のおかしな親を持った人間がこの艦内にいるんだなと森は思った。だがしかし、

「それがタコと関係あるの?」

「ええと、ですからなんだっけ。コロンブスやマゼランの時代のキリスト教会と同じだというわけです。コロンブスの航海の後も、当時の教会は言ったわけでしょ。『なるほど神はこの大地を玉としてお造りになられたのかもしれないが、人には〈平たいと思っていろ〉とのお考えに違いない。コロンブスが見つけてきたのはインドの東の島ではない。もしそうなら土人どもはマレーの言葉を話しているはずではないか。違うってことは、違うってことだ。見つけたのは世界の〈下半球〉なんだ』、と」

「うん」

と言った。そしてそこに人は住めない。草も生えない赤い砂漠があるばかりだと――当時のヨーロッパ人ならばむしろ当然の考えだろう。

だがマゼランは、いいや違う、おれがそれを証明すると叫んで船に乗り、大西洋をまずは南へ南へ向かった。赤道を越えたその先に、東へ抜ける海峡がある。ジパングに行く近道が、と。

マゼランはそう考えた。だが船団に乗り組んだ者の多くは無理にかき集めた人員だった。彼らはマゼランを信じない。教会で牧師の語る言葉を信じる。

この世界は鳥のタマゴのようなもの。黄身が地球で殻が宇宙だ。けれども神は人には大地は平らだと思わせておく考えなので、もしも人が世界一周航海などやったら怒ってタマゴを割るように宇宙を丸ごと潰してしまうことだろう。ダメだ。決してそのようなことをやってはならないのだ、と――。

牧師はそう言い、人はそれを信じていた。だからマゼランの航海でも、船員達は反乱を起こした。そもそも後から乗った者らは、マゼランを信じてなどいなかった。

〈ヤマト〉はこの航海で、それと同じことをしてると言って言えぬことはない。万一にでも反乱が起きたらそれを鎮めるのは船務科の役目となるが、だがそんなもの最初から起きぬように努めねばならない。今、クルーのカウンセリングをやっているのもそれが理由のひとつなのだが、

「で、だから、なんでタコの話になるのよ」

「えーと、それは、なんでかなあ。それが思い出せないんですが……」

「録音はしているのよね」

「はい。カメラでも撮ってあります」

「じゃあ、いいわ。あなた、一応この藪というクルーのことは気をつけていて」

「了解です」

「悪いわね。古代君の教育係も押し付けちゃっているのに」

「古代『くん』?」

と結城。その言い方にちょっと妙な響きを感じた。森は結城を睨んで言った。「何よ」

「いえ」

「あたしはあなたにいろいろと押し付けちゃって悪いわね、と言ったのよ」

「いえ、それが船務科の務めですから」

「そう」と言った。「〈オールトの雲〉か」

そうだ、と思った。次のワープで〈ヤマト〉はその手前まで行くことになっているという。そこでもし、前へ向かって波動砲をぶっぱなしたら、実は先に広がっているのが小さな電球を散りばめた壁で、穴をひとつ開けてしまう。それがみるみる広がって、太陽系宇宙が丸ごと引き裂かれてしまう。すべては人を愛してなどいない神の気まぐれによるタチの悪いイタズラだった、なんてことは……。

ないと言い切れないのじゃないか? 森はさっき島に渡したニンジンの栽培セットを思い出した。わたしだって、もし〈恒星系創造セット〉などという観察教材があってそれを手に入れたなら、〈神〉になるのを楽しんで自分の造った星の生物をつつきまわし、飽きたら滅亡さすのじゃないか。

〈ガミラス〉のようなものを送り込み、石を投げさせてやりなどして……さらに〈イスカンダル〉という偽りの望みを与えて、それが罠だと知らない蟻にビンを割るための道具を造らせ……。

もしミッション(計画)がそうだったなら――すべてが神の実験としたら、蟻でしかない人に何ができるだろう……。

そう考えてから、いや、まさかな、と思い直した。そもそも神など、わたしは信じてたまるものか。

そう思った。思ったけれど、腕の古傷が疼くのを感じる。森は自分も沖田艦長をどこまで信じているのだろうと思った。

神でなければ、沖田艦長。わたしはどこまであの人を信頼しているのだろう。