敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
大陸棚
「大陸棚に大陸斜面? なんのこった?」
〈ヤマト〉艦橋で徳川が言う。太田は困った顔をしながら、
「いえその、つまり、地球の海の話ですけど……」
「宇宙の〈底〉が同じようになってるってのか?」
「ええまあ、ひょっとするとそうかも、という話ですけれど。ですから地球の海で言うと、たとえば〈タイタニック〉は深さ4キロの深海に沈んでたんですね。対して〈大和〉はずっと浅い、深さ200メートルのところ……」
「うん」
「なんでそんなに違うかと言うと、〈大和〉は九州を出てすぐのところで沈められたからです。口で言ってもわからないでしょうが、図に描くとこう……」
太田は簡単な図を描いて、メインスクリーンに表示させた。
「陸地のまわりに〈大陸棚〉と呼ばれる台地があるんですけれど、あるところでそれが終わって急な坂が落ちている。それを〈大陸斜面〉と言って、深さ4キロの〈深海平原〉まで続くわけなんです。太平洋や大西洋の底はその平原で、ほぼまっ平らであるという……」
「ふうん。〈大和〉は棚の上で、〈タイタニック〉は下なんだな」
「はい。ぼくらはこれまでは、潜宙艦を警戒しながらやって来ました。宇宙には地球の海と同じように〈次元海底〉というものがあり、これに起伏があるために潜宙艦が窪みの中にいるとソナーで見つけにくくなる。地球の海で潜水艦が昔から、同じ手を使ってきたように……」
「うん」
「けど、どうやらこの先で、〈海〉が急に〈深く〉なってるようなんです。ひょっとすると〈オールトの雲〉は、〈宇宙の大陸斜面〉なのかも」
「それを抜けるとさらに深くて、〈深海平原〉になってるのか」
「それはわかりませんが、たぶん。しかしそうなると……」
そこで相原が、「敵の潜宙艦が隠れる場所がなくなるわけか」
「そうなるね。もう警戒の必要はなくなる」
「ふうん。結構なことじゃないか」
真田が言い、皆が頷いた。しかしそこで、
「いや、そうとは言い切れんぞ」沖田が言った。「これから先はまあいいだろう。しかし今この場はどうだ。もしもやつらがわしらを追跡してたとしたら、今が潜宙艦で襲う最後のチャンスということにならんか」
「それは……」
と太田。しかしそこで新見が言う。
「はい。確かにそうなるかもしれませんが、しかし〈ヤマト〉が巡航速度を出してる限り、滅多なことで潜宙艦は近づけないはずでもあります。できるなら、パーティしてた時にでもやってきていていいはずでも……ですから、まあ、今にしても……」
「うん」
と森。そうだ。森はパーティの時、持ち場を離れる当直員がいないか見てまわったが、それは何より潜宙艦の魚雷攻撃を恐れるがゆえのことだった。
巡航で進む〈ヤマト〉に潜宙艦は追いつけまいが、しかし先の〈海底〉にじっと潜んでられたとしたら話は別だ。油断しているところを〈下〉から槍で突かれる心配があった。
だからソナーによる警戒を怠ってはならなかったし、そもそも〈ワニ〉がいそうなところは避けて通らなければならない。
地球の海で戦時に船がやってきたのと同じ理屈が宇宙でも働く。そうしてこれまで無事にやってくることができた。だから新見の言うように、今もそうしている限り心配は少ないはずでもある――。
皆が森と同じように、新見の言葉に頷きを交わす。しかし沖田は、
「もちろん、その理屈はわかる。わしも必ずやって来ると言っているわけではない――だが冥王星を思い出せ。敵は我らを外宇宙に出すまいとして、死に物狂いで向かってきたろう。潜宙艦に乗る者達が同じなら、ここで捨て身の攻撃をかけてこようとするかもしれない……」
「ふうむ」
と徳川。そこで新見が、
「と言うと、どんな?」
「わからんよ。『かもしれない』と言ってるだけだ」
「ええ。ではどうしましょう。すぐワープして、〈雲〉を突っ切ってしまうのもできなくないはずですよね」
言いながら、新見は島の方を見る。操舵席から島は後ろを振り向きながら、
「ああ。できるけど、しかし……」
「あまり賛成できないなあ」太田が言う。「別に意味なく、ワープの距離を少しずつ伸ばしてるんじゃないんだから。万が一にも〈宇宙のサルガッソー〉みたいなもんに捕まらぬため……」
「そうだ」と真田も言った。「現に我々は、〈オールトの雲〉は〈宇宙の大陸斜面〉かもしれない、なんてこともいま初めて知ったんだからな。ここはデータを採りながら、少しずつ距離を伸ばしていくべきところだ」
相原が、「敵がいるとわかっているわけでもないのに無闇な連続ワープは避けたい?」
南部も言う。「だよな。かえって、敵の罠にかからんとも限らんわけだし」
「宇宙のサルガッソーか」と徳川が、「まさか〈オールトの雲〉が、そんなもんであるなんてことはないと思っとったが……」
「ええ。でもわかりませんよ」太田が言う。「〈雲〉のまわりは所謂〈灘(なだ)〉で、宇宙海流がぶつかり合ってる。不用意にまずいところに突っ込んだら、渦に巻かれて〈ヤマト〉が妙な空間に……」
森は言った。「永遠に閉じ込められてしまう?」
「かもしれない、なんてことも言われてきてるんだからね」
「うむ」と沖田。「わかった。ここはとりあえず、巡航を維持すべきだろうな。だが警戒は怠るなよ」
「はい。ようそろう」
島が言い、〈ヤマト〉はそのまま宇宙空間を進んでいった。森が見るソナー、レーダーどちらの画面にも特に動くものはない。
――が、そこで相原が言葉を発した。「おや?」
なんだろう、と思ってそちらに眼を向けてみる。相原は忙しく手を動かし始めていた。
それから言う。「これは、ひょっとすると……」
「どうした?」
と真田。相原は「はい」と応えて、
「本艦への呼びかけと思(おぼ)しきものを受信しました。相手はガミラスです」
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之