敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
魚雷回避方
「いや、空母は使わんだろうな」
と沖田は言った。まだ〈ヤマト〉の第二艦橋。古代や加藤も立ったままじかに話を聞いている。
「ここは潜宙艦だ。おそらく、敵は潜宙艦だけで我々を襲う気だ」
「ええと……」と新見。「なぜそのように思われるのです?」
「やつらはここでこの〈ヤマト〉を逃げにくいようにしたとは言え、重巡艦などで囲めばやはりワープして逃げる。だからコッソリ潜宙艦で近づこうとするだろうという、その点についてはとりあえずいいな」
一同を見渡して言う。皆『まあそれは』という顔をして頷いた。
そして南部が、「同じ理由で空母も送ってこない、と?」
「それもあるが、しかし理由はもうひとつある。波動砲だ」
「は?」
「波動砲だよ。地球を出てすぐ空母を撃ってやったことを思い出せ。空母であれば〈ヤマト〉の主砲の届かぬ距離から戦闘機隊を発艦させることができるが、しかしその前に、こっちは波動砲でもって丸ごと吹き飛ばしてやれる。この前は充填120で撃ったが次は100パーで充分だろう。もしも敵がここでそんなバカな真似をするならだがな」
「ええまあ」と新見。「ただそうすると、ワープで逃げられなくなって重巡に囲まれるかもなんですが……」
「そうだが、主砲で立ち向かえるし、航空隊も飛ばしてやれる。だからここで空母その他の〈水上艦〉は敵は使わんだろうと言うのだ」
「ああ。冥王星で最後にそれらを送ってきたのは、こちらが〈ゼロ〉と〈タイガー〉を収容前になんとか叩こうとしたからでした。しかし今度は事情が違う……」
「そういうことだ」
「潜宙艦だけですね。戦闘機隊と連携でもされたら厄介ですが、それがないなら……とは言っても、やはり八方から魚雷を射たれでもしたら、とても躱し切れませんよ」
「できるなら敵はやろうとするだろうな」
「ええ。それに〈真下〉から殺ろうと――もっとも、それはジグザグに進んでいればまず大丈夫のはずですが」
それは今もやっている。ついさっき、〈ヤマト〉は大きく舵を切って進路を変更させた。もしそれまでの行く手に潜宙艦が隠れていても、急速に浮上しながら躱せぬ距離から魚雷を放つなんてことはもうできない――そのくらいの理屈は古代にもわかった。
それともうひとつ、
「ただし後ろから殺られる危険は増す――こっちがジグザグ航行なのに、敵はまっすぐ後を追ってこれるのですから。ですからやはり、恐れるべきは何十基もの魚雷が一斉に向かってくる場合です」
と新見は続けて言った。これも古代にもわかることだった。新見はさらに、
「その場合にすべての回避はとても無理です。〈ヤマト〉は魚雷の攪乱手段を持っていますが、自(おのず)と限界というものがあって……」
「次元マスカー」と真田が言う。「決して充分なものではないと言うのだな」
「はい。ええと、〈マスカー〉というのは元々、地球の海で潜水艦が魚雷回避に使っていたものですね。同じことを宇宙でやるのが〈次元マスカー〉。〈ヤマト〉はこれを備えていますが……」
新見はスクリーンに図を出しながら説明する。
「考え方としてはこうです。地球の海の潜水艦は、圧縮空気で水を出し入れさせることで潜ったり浮き上がったりするわけですが、魚雷が来たらその方向に空気をブシューッと噴き出してやる。するとビールをコップに注いだみたいに、船の前が泡で一杯になります」
新見が示す図には《プレーリー・マスカー遮音装置》と文字が添えられている。それが地球の海中で、潜水艦が使うという装置の名であるらしい。並ぶ士官達の中には、『そんな話はもう今更聞くまでもない』とでも言いたげな者もいるが、
「この泡が魚雷に対する煙幕となるわけですね。魚雷はアクティブ・ソナーの〈ピン〉をカンカンと打ちながら向かってくるわけですが、泡がその音を吸収して目標を見失わさせる。で、急いで舵を切って躱すのですが、もちろん常にうまくいくわけではありません」
「ふうん」と森。「それは宇宙の〈次元マスカー〉も同じだ、と……」
「そう。何しろ〈ヤマト〉ときたら、潜宙艦より船の図体は大きいですし、何十基も来たらとても無理でしょう。何隻もの潜宙艦に魚雷の射程距離内に近づかれたら、もうおしまいと考えるしか……」
新見が言うが、しかし南部が、
「ただし、躱すのに成功すれば、後はこっちのものなんだよな。魚雷を射てばそれで〈ワニ〉は自分の居場所を晒す。こっちが魚雷と爆雷でもって、思うままに殺ってしまえる」
「ええ。ですから敵としては、できることなら戦闘機隊と連携したいとこなんでしょうが、今回はそれはナシということならば……」
「ってことだ。島操舵長。君が魚雷をうまく躱してさえくれれば……」
「だからお前は、いつもそういうことを軽く言うけどな」
と島が言う。古代はその島と南部、そしてその他の者達を見ながら、これはどうしたものなんだろうと思った。
新見は魚雷を射たれたらとても躱し切れぬと言い、森は一発でも喰らったら負傷者の手当てができないと言った。たとえ勝てても旅が遅れる……。
なのに〈水中〉に潜む敵をここで迎え撃とうと言うのか? やるしかならぬ状況だからここはやるしかないとの理由で。
沖田を見た。沖田はただ一心に、スクリーンに表示された文を見やっているようだった。我はガミラス。和平を求む。放射能除去装置の用意が――。
ヴァーチャル・リゾート室の件から、まだいくらも経っていない。あれを一体どう受け止めているのだろう。
それとも、なんとも思っていないか。思ったとしても不愉快に感じているだけなのか。
徳川機関長はさっき、一体なんと言ったのだったか。うまく思い出せない。確か、いつかおれにもわかるときが来るだろう、とか……。
何を?と思った。おれが士官として、こんなところにいる理由か?
やっぱり、てんでガラじゃないとしか思えないのに――おれは地球人類を救うような人間じゃない。ただ言われたことだけやって、天の河のバルジを見て、帰れさえすればそれでいい。その程度の人間なのに。
おれはここにいる者達と同じ種類の人間じゃない。ましてや、この艦長と――。
そう思った。なのに徳川機関長は、おれに『同じだ』と言った。いつかそれがわかるときが来るだろう――。
だから何が、とまた思った。つまり、ここで士官であれば――それとも、船の艦長であれば、どうすべきか、なんてことをか?
わかるもんか。大体、敵が一体何を企んでるか知れたものか。
我はガミラス。和平を求む。そんな文をいきなり送ってこられたとしてどうしていいかわかるものか。
そう思った。と、そこで、沖田は一同を振り向いて言った。
「まあとにかく、まずはこれに返信するしかないだろうな――『バカめ』、と」
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之