敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
合奏
「敵は潜るぞ! 射たなくていいのか!」
〈ゼロ〉のコクピットで古代は叫んだ。次元フィルターをかけた照準の中で、地球の鵜に似た船が深く〈水中〉に潜ろうとしている――が、〈ゼロ〉の両翼に吊るしている対潜ロケットランチャーはごく浅い深度にいる敵を攻撃するためのもので、深く潜航されるとすぐに射っても届かなくなってしまう。
その〈次元深度〉まで、〈鵜〉は今にも達しようとしていた。それに乗っている敵が〈ヤマト〉に向かって叫んだ言葉も、〈ゼロ〉の通信器は聞き取っていた。
『わたしを殺るなら殺るがいい。その戦闘機もおしまいだ』と――しかし古代は発艦前に、『指示せぬ限り敵を射つな』との命令を受けている。ゆえに引き金を引くわけにいかない。
だから叫んだのだった。『敵が潜るぞ、射たなくていいのか』と。しかし、〈ヤマト〉から応答はない。いや、『応答がない』と言うより、通信が切れてしまっている。
なんだ?と思った。何をやってる! あいつに逃げられていいのか!
キン、キン、キン……という音が聞こえる。次元魚雷のピンガーだ。最初は小さな音だったのが、徐々に大きくなってくるのもわかる。
それもひとつやふたつではない。まるで楽団の合奏だった。でなくば、何十という坊さんが、鐘をキンコン叩きながら一斉に向かってくるかのような――。
その音! 今、〈ヤマト〉めがけて何十という魚雷が突き進んでいる――それが古代にわかった。
そんな、と思った。振り返って〈ヤマト〉を見る。暗い宇宙の中で標識灯だけを光らせた船体。
エンジンを止め、慣性だけで進んでいるらしいとわかる。ために通信も切ったのか? ソナー探知を避(さ)けるための行動なのでもあるだろうけど――。
無駄だ、そんなことをしても! 発艦前の会議でされた話を古代は思い起してみた。
あのときに、新見は言った。一斉に何十発も魚雷が来たらすべての回避は無理だ、と。そしてまた、森も言った。今の〈ヤマト〉は一発でも魚雷を喰らうとおしまいという状態にある、と。
どうする、それで! この状況で、おれにできることがあるか?
ない。八発のロケット弾。これを全部射ったところで、〈ヤマト〉に向かう次元魚雷を一発でも止められるとは思えない。ましてや、魚雷の総数は、おれと山本で十六発合わせたよりも明らかに多い。
ダメだ、と思った。沖田、と思った。何を考えてんだあのヒゲは! 敵と話せばこういうことになるとわかっていたはずじゃないのか?
キン、キン、キン……音はますます大きくなる。〈鵜〉は完全にロケット弾の届かぬ深さに達してしまった。
その〈鵜〉の中でシュルツと名乗った敵がまだ、笑う声が聞こえてくる。そして機械が訳したらしい日本語もまた。
『地球人め! 〈ヤマト〉の最期を見るがいい!』
そうだ。すべては、同時に地球に届いている。敵は〈ヤマト〉に魚雷が当たるさまをカメラで撮って、生(なま)の映像として見せつける気なのだ。
それもまた古代にわかった。しかしどうする。どうすればいい?
どうしようもあるはずがなかった。古代はシュルツの笑い声と、キンキンと高まる音を聞いていた。
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之