敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
それはつまり
地球で〈ヤマト〉を建造していた当時、サーシャに会いに戦艦〈大和〉の沈没現場を訪ねてきた人間は膨大な数にのぼっている。真田はそれをつぶさに見てきた。
その全員が『百個』と言った。何十人も側近を連れ、真田達を整列させて大物ぶって演説した。
『約束しよう。百個だ。必ずこのワタシが、イスタンブルの女から百個の〈コア〉を供出させる。まかしておいてくれたまえ。ワタシにかかればチョロいもんだよ、ワッハッハ』
と。一体全体、どうしてこんなバカどものために、貴重な時間を無駄にしなければならぬのか。一個だ。これが一個しか決してもらえぬ話なのは、ものを考える頭があればすぐわかるはずだろうが!
『百個』と言ってVIPがやって来るたびに、義手と義足の電池から安定剤が抜けて爆発しそうになるのをこらえて――実際、何度もほんとにそうなりかけた――真田は死ぬ思いだった。もっとも、この連中は、サーシャに会って十五分もする頃には大小便を漏らしながら泣き喚いて額を床に血が出るまでこすりつけるようになる。例外はただのひとりもいなかった。そうなることがわかってからは内心せせら笑うようになったが。
その男らは皆が皆、一流大学の法学部や経済学部を出た側近を何十となく連れていた。その全員が『百個』と言えばサーシャは〈コア〉を翌日百個持ってくるものと信じて疑っていなかった。おそらく、ガリレオに『地球は平たいと言え』と迫った大昔のエリートもこんなやつらだったのに違いない。
彼らは真田に向かって言った。
『わからないなあ。どうしてあのサーシャって人は〈コア〉を一個しかくれないなんて言うんでしょう。何が問題なんだろう。ええと、真田さん、でしたっけ? あなたならなぜ「一個」なのかわかりますか?』
真田は説明してやった。側近達はガヤガヤと議論したうえで必ず言った。
『それはつまり接待が足りないということでしょうか』
こいつらは機械人間か? としたらネジが外れてんじゃないのか? この連中に果たして心があるんだろうかと真田は思わずいられなかった。
本音を言えば真田は〈コア〉を二個欲しかった。絶対にもらえないのを知ってはいるが二個欲しいとサーシャに言った。〈ヤマト〉とそして同型艦〈ムサシ〉のためにもう一個。二隻の船で行けたなら、一足す一が二ではなく三にも四にも五にもなって旅が成功する率が数倍になることでしょう。だから必ずその条件で使うものとして『二個』と言う……とは言っても今ここで〈コスモクリーナー〉をもらえるのなら、〈コア〉など実は一個も要らないのだが、と。
それから言った。一体、『百個』と言う連中は、どこで話を聞いてくるのか。追っぱらっても追っぱらってもやって来るのはどういうことか。
『それはつまり秘密が漏れてしまっているということでしょう』
とサーシャは応えて言った。しかしもちろん、言われずとも、真田もわかっていることだった。答えが知りたくて聞いたのではない。
そうだ。あの連中に、秘密が守れるわけがない。大体、そもそも最初から、守る気があるか怪しいものだ。あの連中に二個を渡せば必ず一個で太陽系を消し飛ばし、もう一個を自分らだけの逃亡船用とする。百個もらえば九十九隻の逃亡船を造るだろう。イスカンダルへ行くための船は一隻たりとも造られはすまい。
そのくせ九十九隻すべてに、波動砲が積まれるのだ。それで何を撃つ気なのか聞いたらなんと応えるのやら。
〈ヤマト計画〉の秘密はダダ漏れとなっていた。イスカンダルのコスモクリーナー、それがマゼランにあるという噂は実はかなり前から市民の間に広まっていたのだ。
ただし、真に受ける者はごくわずかしかいなかったが。普通の一般市民は聞いても『よくあるガセだろう』と言ってまともに取り合っていなかった。
*
「〈ヤマト〉が飛び立ち、〈イスカンダル〉の話が公(おおやけ)になった後でも、それは変わらなかったのですね」
と今、〈ヤマト〉の第一艦橋で真田は言った。
「『それがマゼランにある』という部分については、今もほとんど信じられていない……」
『そうだ』
とメインスクリーンに映る藤堂。実のところこの話は、クルーの誰もが相原を始めとする通信・情報部員達から概ね聞かされていたことでもあった。その最新の情報をあらためて確認しているのに過ぎない。
『しかし広まっている。「イスカンダルのコスモクリーナー」の話が事実なのならば、「それはマゼランにある」というのも本当じゃないのか、とな。そんなふうに市民が噂し始めてしまっているのだ』
「ふうむ」と沖田。「そして言い出している。『それはつまりガミラスもマゼランにあるということなのではないか』と……」
「ええ」と真田は言った。「当然でしょうね」
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之