敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
浮遊物
敵の魚雷の一発目はまさに〈ヤマト〉に届かんばかりとなっていたが、そこで島が〈ヤマト〉の船体をドリフトさせた。クルマの運転ならそうとでも呼ぶしかないような動きを見せた〈ヤマト〉の舷のすぐ脇を、魚雷がかすめ抜けていく。
曲芸じみたテクニックもさることながら、しかし回避が叶ったのは、船に届く直前に魚雷が〈親〉のコントロールを失ったからだ。さらに続いてやって来ていた二・三・四発目の魚雷も、同様に力を失い〈海中〉へと沈んでいく。
すべての警報が止んで脅威が去ったのを伝えた。皆がそれぞれの席でヤレヤレと息をつく。
「やったな」
と南部がメガネを直しながら、隣席の島に笑って言った。「ああ」と島は応えたが、
「けど、ニンジンが心配だな」
森がレーダーとソナーを見ながら言う。「周囲に敵なし。あの〈鵜もどき〉も見失ったままです……いえ、ちょっと待ってください。これは……」
「ん?」と真田。
森が機器を操って、見つけたものをメインスクリーンに出す。皆がそれを仰ぎ見やった。
映し出されたのは、宇宙に何やらミジンコを拡大して見たようなひとつの物体。黒くて丸い目玉のようなものが付いていて、それがこちらを向いてるらしい。
「スパイカメラだな」真田が言った。「波動砲で魚雷を躱すところを撮っていたやつだろう。それを地球に送っていた……」
そして新見が、「ええ、でも変ですね。敵はこんなの、いつもはすぐ自爆させてるんですけど」
「うん」
と太田。ガミラスは、これまで地球に自分達の船の破片ひとつすら渡そうとせぬかのような戦いをしてきた。兵士は服に焼却装置が付いてるらしく、死ねば自ら火葬になる。ましてや無人偵察機の類など、役を終えたらすぐ自爆して宇宙の塵となっているのが常だった。
すべては自分達の情報を何も地球に渡さぬため。そう考えられてきたのだ。
「なのにどういうこと?」
「さあ……もうそんなこと、関係なくなったのか……」
「ふむ」と沖田。「〈ゼロ〉で回収させられるか」
「問題ないでしょう。牽引ロープを掛けて引っ張ってこれるはずです」
「では相原。古代にそう命じてくれ」
「はい」と相原。しかし、「あ、ちょっと待ってください。その古代から入電です」
「ふうん」
「こちら〈ヤマト〉」と、マイクのスイッチを入れて相原は言った。それから、「何?」
ひどく驚いたような声を出す。皆が『どうしたのか』という表情になって彼を見た。
「本当なのか……わかった。映像を送ってくれ」
とマイクに言ってから、相原は『なんだなんだ』といった顔の者達に向かい、
「ガミラス兵と思しきものがひとつ浮かんできたそうです。ひょっとしたら生きているかも……」
「なんだと?」全員が口を揃えた。
「そんな」と新見。「それこそ焼かれるはず……」
そうだった。〈ガミラス兵〉と言えば古代がタイタンで闘って倒した後で自ら燃えて灰になっていくのを記録した映像をこの艦橋で皆が見ている。あれは陸戦だったがしかし、これまでの長い宇宙の戦闘において、船から吸い出された敵兵はすべてがただちに自分で火に焼かれているのだ。
だが、
「映像が来ました」
と相原が言ってメインスクリーンに出した画には、確かに地球の人間とほとんど変わりがないと思えるものの姿がいま映っていた。バイク乗りの革ツナギのような服にヘルメット。宇宙で少しの間なら生きていられそうにも見えるが、
「生きてるのか?」
『わかりません』
と古代の声。映像がメインスクリーンに出ると同時に、古代の声も皆が聞こえるようにされていた。
『ですが……』
「たとえ死体としても……」
と徳川が言う。そうだ。たとえ生きてなくても貴重な標本となる。服からも何か情報が得られるかもしれない。
「ああ」と沖田は言った。「相原、回収するように言え。それに、スパイカメラもだ」
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之