悪魔言詞録
85.天使 ヴァーチャー
……このヴァーチャーって名前、どうかと思う時があるんですよね。
だって、意味は「高潔」ですよ。汚れがないんですよ。悪魔どもがひしめくこの受胎後のトウキョウで、とにかく泥臭く戦っていかなきゃならないのに、こんな名前を背負ってたら変だよなって一度は思ってしまいますよ。
それに私たちの仕事もなかなか大変なんです。私たちは奇跡をつかさどっているのですが、あなたは奇跡なんて、近年、お目にかかったことはありますか?
そうですよね。あるはずがありません。だって担当の私が、奇跡が起こることをここしばらくは認めていなかったんですから。
なんで認めていないのかって? あなたも元人間なら、少しは思い当たるところがありませんか。そうですね……例えば、受胎前のトウキョウが頻繁に奇跡が起こるような世界だったら、あなたはどう思いますか。
そうなんですよ。そんなに都合よく奇跡が起こるような世界だと、神が安っぽく見られてしまうんです。それに、すぐ自分の思い通りになるなんて考えてしまう堕落した人間も増えてしまう。奇跡をつかさどるものとしてはこれは看過できないのです。
でも、長い間奇跡を認めないという以前のやり方もまずかったと反省はしています。私は人間の信仰心を信頼しきっていたのかもしれません。極論、奇跡など起きなくても人の子はわれわれについてきてくれる、そんな慢心があったのかもしれません。
要するに、そこのさじ加減を私はうまくやれていなかった。だからこそ、邪教や悪魔にすきを突かれ、トウキョウをこのようにされてしまったのかもしれません。
そして、そのような失敗をしてしまったからこそ、「高潔」の名を持つ私はこのような悪魔がはびこる世界で汚物にまみれている。これは、いわば罪滅ぼしなのではないかと思うのです。
でも、だからこそ私はあなたのような存在に出会うことができたんですから、やはりこれも神のおぼし召しというものなのかもしれませんね。