二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

CherieRose ...1

INDEX|1ページ/15ページ|

次のページ
 
00.

 その屋敷は、永い伝統と多くの名誉、そして莫大な富によって、国中にその名を轟かせていた。
 しかしある時期を迎えると、向けられる言葉と視線は、畏怖からその種類を変える。
 春から夏へと変わりゆく時、その屋敷は薔薇屋敷――と人々から呼ばれていた。
「アリス? アリスー?」
 薔薇が盛りを迎えたその庭園を、一人の少年が歩いていた。
 年の頃はまだ六歳か七歳位だろうか。剥き出しの腕はひどく頼りない。しかし、その蒼い瞳はとても澄んでいて、何者にも惑わされない強さがある。
「アリスー」
 大の大人でも迷ってしまいそうな庭園の中を、少年はひたすらに歩くが、その声に答える者は居なかった。
 それでも少年は、ひたすらに声を上げる。
「もう先生は帰ったから、いい加減に出て来なよー。早く出て来ないと、アリスの分も僕がクッキー食べちゃうからねー!」
 口元に添えられているのは左手で、右手には綺麗な刺繍が施されたハンカチの包みが二つ。
 その包みを何処か寂しげに揺らした後、少年は意を決したように庭園の隅にある茂みへと足を向けた。
「一体いつまでそうやって意地を張って隠れてるつもり? 僕、本当に全部食べちゃうよ」
 その時、風が吹いたわけでもないのに、ガサリと小さく茂みが揺れた。
 それを見て、少年は子供には似つかわしくない溜め息を一つ吐くと、掌が傷付くことも構わずに茂みへ手を掛ける。
「あ……!」
「ほら、いい加減に出て来て」
 少年によって無理矢理開かれたのは、自然に出来た薔薇のアーチだった。その、まるで鳥籠のような空間の中心に、少女が一人。
 綺麗に結われていた筈の髪はグシャグシャで、一目手で高級品だと分かるドレスもボロボロだった。けれど、中でも一番相手の目を惹くのは、泣き腫らしたエヴァーグリーンの双眸だろうか。
「アル、何で……?」
「アリスのことなら何でも分かるの!」
 そう言って少年は少女を外に引き摺り出すでもなく、なんとそのまま少女の隣に腰掛けてしまった。
 いくら子供だと言っても茂みの中はやはり狭く、自然と二人は寄り添うようになる。
「今日はピアノのお稽古だったもんね。だからでしょ?」
 はい、と常盤色のリボンが掛けられた包みを渡しながら、何もかもを見通したように少年は言う。その言葉に、少女は小さく頷いた。
「また、私だけ違ったの。私だって、お兄様達みたいに、本を読んで沢山のことを学びたいのに……」
 どうして……と、少女は呟く。
「私が、女だから? だから駄目なの?」
「アリス……」
「私がいつか、お嫁に行っちゃう役立たずだから……?」
「アリスっ誰がそんなこと言ったの!」
 強引に向かい合った瞬間、少女の目から涙が零れ落ちた。
「お兄様が、言ったの……家には男が三人も居る。富も地位も権力もある。お前なんて必要ない……って」
 それは、少女の口から発せられるには、あまりに厳しく生々しい言葉だった。少年は、一体どれだけその言葉を正しく理解したことだろう。
「……アリスは、男の人になりたいの?」
「違う……誰かに必要とされたいの」
 キョトンと目を丸くした後、少年は突然破顔した。そして言う。
「何だ、そんなことか!」
 今度目を丸くしたのは少女の方だ。
「僕は、アリスが大好きだよ。だから、アリスが居なくなっちゃうのは凄く嫌だ」
「本当……?」
「本当だよ。僕が毎回アリスを探すの、何だと思ってたの?」
 汗だくになって、声を枯らして、傷だらけになってまで。
「それはね、僕がアリスのこと大好きだからだよ!」
「…………私が何処に居ても、見付け出してくれる?」
「アリスが何処か遠くに行っちゃっても、必ず見付けるよ。そして側に居る。僕がアリスを守る。もう二度と、アリスが泣かなくても良いように」
 少女の手が、躊躇いがちに少年の手に重ねられた。傷だらけの手に。
「じゃあ……約束して」
「するよ、約束する」
 俯いているために、少女の表情は分からない。けれど声は、震えていた。弱々しく。
「言葉じゃ、駄目」
「なら、何かを交換する?」
 折角の提案にも首を振られてしまい、途端に少年は困った顔になった。
「あのね、前に本で読んだことが……あるの」
「何?」
「大人の、約束の仕方」
「僕達まだ、子供だよ?」
「い、良いじゃない別にっ。一生の約束なんだもの、早いことなんてないわ。それともアルフレッド、さっきの言葉は嘘だったの?」
「嘘じゃないよ!」
「――だったら大人しく目を閉じてなさいっ」
 つい先程まで泣いていたとは思えない迫力ある声で命令され、少年は思わず言う通りにしてしまった。
「ぜ、絶対に開けちゃ駄目だからね」
「う、うん……?」
 庭園の隅、大人達の知らない秘め事。
 それからどんな『約束』が交わされたのかは、薔薇しか知らないことだ。

作品名:CherieRose ...1 作家名:yupo