大トロ賛歌
やんごとなき甘さ マロを魅了する」
口から零れるのは、コイツを讃える為の歌ではない。けれども初めて聞いたときから、なんて俺とコイツとの関係にぴったりなんだろうと思っていた。だから自然と口を突いて溢れ出すのだ。
両手に捧げ持った皿の上に鎮座する、白いヴェールのように脂を被ったピンク色のそれ。そう……。
「俺の、大トロちゃーん」
それは至福のひとときだった。先ずはその外見のうつくしさを十分に堪能する。繊細な層が幾重にも織り成す脂身の、その表面をつつっと指でなぞると、その指先がてらりと七色にも光って見える。そのほのかな甘さを十分堪能した後、醤油の入った小皿にひたりと先端を漬ける。
この加減が中々に難しい。大トロの本来持つまろやかさを隠さない程度の、やわらかな塩味。それは普通の台所用醤油などでは現しきれない。すっかり馴染みとなった生産元から直接取り寄せた、この醤油は何年もかけて辿り着いた至高の醤油だった。
まるで大袈裟な料理マンガの文句のようであるが、俺はこの醤油が引き出す大トロの様々な表情に、すっかり魅了されてしまったのだ。
話を戻そう。次にそっと舌先で包み込むようにして、大トロを口の中に入れる。その瞬間、えも知れぬ幸福が口中にあふれ出すのを感じる。感涙に咽びそうになるのを、何とか我慢してゆっくりと歯で噛み締める。
「おお、やんごとなき甘さ」
そうなのである。大トロの甘味。それは筆舌に尽くしがたい。正にやんごとなきとしか言いようのない甘さなのだ。それを口の中の体温でぬるくなってしまわぬ程度に、丹念に味わって嚥下する。その一連の動作は、何処か崇高な儀式めいてすら思えて、俺の背筋を震わせた。
「マロをとりこにした ソナタが憎い
やんごとなき香り マロを悩ませる」
全く大トロって言うのは、罪深い存在だ。だけどコイツに悩まされるなら、俺も本望かもしれない。
作品名:大トロ賛歌 作家名:宙(評価の為、晒し中)