にゃーと大魔王
並盛町のショバを仕切っているのは、昔は並盛中学校風紀委員。今は風紀財団という暗黙の了解である。そのペットショップも勿論風紀財団にお伺いを立ててから店を構えた訳だが、その時財団委員長は、取引という名で西の方にある島にちょっかいを掛けて留守にしていた。
ペットショップの手続きは、管理を任されていた部下が恙無くこなした為に滞りなく済んだのだが、部下はひとつだけミスを犯した。なにより並盛を愛し、変化があれば逐一報告するようにとのたまった委員長への、報告を怠ったのだ。
そんな委員長がペットショップ開店の事を知ったのは、オープン当日の朝の事である。
委員長の朝は、まず新聞に目を通す事から始まる。
有能なる副委員長より新聞を受け取った委員長が、難逃れとも福が増すとも言われる朝茶を啜りながら、一番に目を通すのは三面記事でも世界情勢でもなく、地域欄。並盛のニュースを把握しようと開いた右端に、紙面八分の一程を使った「ペットショップ 本日オープン」の文字を見つけて、プツンとおキレになったのだった。
報告厳守を怠った罪は重く、委員長は部下が人なのか物なのか首を傾げるレベルになるまでトンファーを振るった。それから視察に行って来ると言い放ち、至急の書類があると止める副委員長さえ無視してペットショップに向かったのである。
今でこそ表だって動かなくなったが、並盛に暮らす住人に風紀委員長=恐怖の大魔王の公式は焼きついている。オープン当日、ペットを求める客と好奇心で来た人でごったがえすペットショップに現れた委員長殿に、暫し店内は震撼した。
だがそんな周りの様子は気にも留めず、委員長は今日も今日とて上から下まで真っ黒け。和やかさと動物の鳴き声の満ちるペットショップにはどこまでも違和感のスーツ姿で、小さなケージに入った子犬や子猫、ハムスターや子うさぎを覗き込んでいる。
どこまでも無表情に、一つ余さずケージを覗く委員長。実は小動物好きな委員長に、見る人が見れば微笑ましく思えたり、花が飛んでると爆笑したりがあるのだが、なにも知らない並盛の住人は不安げに視線を投げあっていた。
罪もない仔犬までトンファーの餌食になるんだとか、あの仔猫食われちまうんじゃなかろうか、とか。事実を知ったところで、いろんな意味で驚愕する事必至なので、ある意味知らぬが仏である。
ショップ内の客の心がひとつになっている事も知らず、委員長はとあるケージを覗き込んで、足を止めた。
【ミックス】とあるプレートの貼られたケージに入った仔猫。
今夜の夕食かと周りが心配している事も知らずに、委員長の黒曜石と、仔猫の薄いグリーンの瞳が見つめ合う。
そのまま暫し時が流れて、何時トンファーが取りだされるのか、身体を張っても止めなければと周りの緊張がピークに達した時、委員長は漸く視線を外して、そっと首筋をなでた。
「……もう一匹で十分か」
そうして独り言のように呟くと、委員長は何も買わず誰も咬み殺さずに、しゃなりしゃなりと猫のような歩みで、ペットショップを後にしたのだった。
一気に体感温度が上がり、温かな空気が流れだすペットショップ。
先程の言動はなんだったのだろうと話す客の中に、委員長がそっとなでた首筋、短い髪が掛かり、スーツに覆われたそこに覗く、爪あとに気づいた者が一体何人いただろうか。