たまひよこっこ
池袋で平和島静雄の名前を聞かなくなって久しい。
歩けば棒に当たるという諺ではないが歩いていれば喧嘩にぶちあたったり、職種が職種なので大概荒事になるので「あそこの自販機が空を飛んだ」だとか「誰それが標識でフルスイングされた」だとかそういった話がここ半年とんと聞かなくなったのである。
公共物を破壊をしすぎてとうとうしょっぴかれた、とか当初は噂されたものだ。
セルティはシューターで待ち合わせの約束をした南池袋公園へ向かう道路を駆け抜けながらそんな事もあった。と思い出していた。
南池袋公園へ着くとシューターを押して敷地内へ入っていく。
まだ15時を過ぎたばかりの公園内は親子連れも多く、セルティは目的の人物を探すようにぐるりと辺りを見渡す。
と、セルティが見つけるよりも早くに相手がセルティを見つけたらしく呼ぶ声がする。
「セルティ」
声のしたほうを向くと目立つ金髪、女性としても長身の部類に入る体型。かつてのトレードマークであるバーテン服とサングラスではなかったが平和島静雄その人がこちらに向かって歩いてきていた。
ただ細身であった彼女の腹部は膨れていることから妊娠していることが知れる。
セルティは向かってくる静雄に慌てて駆け寄りPADを差し出す。
『座ってなくて大丈夫なのか?静雄のほうから来なくてもこっちから行くのに』
それを見て静雄は笑い
「大丈夫だよ。動けたら動いたほうが良いんだ。無茶な運動はダメだけどな」
『それなら良いんだけど、とりあえず座って話そう』
PADに打ち込んでからセルティは空いているベンチに静雄の手をひき、大丈夫だとは言われたが慎重に誘導する。
静雄を座らせてからセルティ自身も隣に腰掛けた。
『今日は何で池袋に?』
「定期健診だから。すくすく順調に育ってる。あ、どっちも女の子だってさ」
言ったっけ?と聞きながら静雄はセルティに母子健康手帳を手渡す。
セルティは『双子だっていうのは前にエコー写真を見せてもらったぞ』と返してそれを受け取った。
『女の子で双子だと臨也の反応が面白かったんじゃないか?』
ぐんぐん痛い方へ育っていった双子の妹を持つ臨也は確かに苦虫を噛み潰したような顔をして「あいつらみたいにならないように育てなきゃ…」とぼやいていた。
喜びたい。でも純粋に喜べないというなんとも面白い顔だった、と静雄は身ぶり手ぶりも交えてセルティに伝える。
笑いすぎて噎せてしまっている静雄を落ち着かせながら、臨也とは上手く生活できているようで良かったなとセルティは思う。
そもそもセルティには臨也と静雄の間に新たな命が芽吹くとは思ってもみなかった事だ。
どちらともを高校の時から、臨也が策謀を巡らせてきた一連の事件が終わるまでを見てきた。その過程で恋愛なんかに繋がるものの一切を見いだせなかったからだ。(新羅なんかに言わせると元鞘らしい。)
本当に愛情となんとかは紙一重なんだ、と思いながらたどたどしく(主に静雄が)付き合いだした2人を見守ったものだ。
妊娠初期は相当ゴタゴタしていたのがほんの数か月前の話で良い思い出である。
まだ別々に暮らしていた2人がこれを機に籍を入れ静雄が臨也の住まいに移った。といっても臨也が今までオフィス兼居住の部屋にではなく同じマンション内の部屋をもう1室、臨也が買ってそこに。
なので現在、静雄は新宿住まいである。ただ最初に掛かった産科が池袋なので定期健診に池袋にやってくる。
取り立ての仕事は驚くことに産休に育休も付いて貰えた。
静雄としては今までも迷惑をかけてきた自覚があるので結婚報告と、あとは退職の事を。と思って社長とトムに話をすれば、確かにトラブルは多かったものの実は回収率は良かったという実績が静雄にはあったらしい。
「目出度い事だ」と言って祝ってくれたうえに「また戻ってこい」と手当がついた。
切られると思っていただけにこれは相当嬉しかった。
気がつけば17時を過ぎており、西日が公園内を照らしていた。
初夏とはいえ、まだ日が暮れてしまえば涼しい日が続いていて母体を冷やしてはいけないだろうとセルティは手元の母子健康手帳にもう一度視線を落としてから静雄に向かいPADと共に差し出す。
『そろそろ帰らなくて大丈夫か?送るぞ』
それを見て静雄も今の時間に気がついたらしく手帳を受け取り
「いけね、もうこんな時間か。長く引き留めて悪いな。」
今日は臨也が仕事で池袋に来てる筈だから、と言ってセルティが手を出す前によっこいせと立ち上がる。
公園の入り口を見れば、見知った人影がありそれに気がついた静雄はセルティに向かい
「今日は有難な。またメールする。」
そう言って手を振り人影の方へ向かって歩き出すのだった。