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酒と薔薇の日々

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かちりと小さく、ドアノブが回る。そしてかすかな軋みとともに、寝室を兼ねたビリー・カタギリの書斎に人影が伸びた。
「クジョウ?どうしたんだ、寝てたんじゃなかったのかい?」
振り向きつつのその問いに、彼女――クジョウは数年前より随分と短くなった髪の毛を左右に振り、「眠れないの」と訴えた。
「そりゃあ…大変だね」
元々酒に強く、そしてさらには過去の『失敗』を忘れる為に加速した彼女のアルコール摂取量は、今や常人の域を出ているのに止まる所を知らない。
「眠れないの。…ビリー」
アルコールの量だけを考えたならば、とっくに酔い潰れていてもいいころだったが、それでも眠れないというのならばおそらく精神的なものだろう。
何かをして欲しいような眼。あるいは自分のことなどどうでも良いと、どうなってもいいと思っているような眼。……迷子になった幼な子のように、不安な眼。

4年と少し前。突如としてこの世界に表れたソレスタルビーイングという私設武装組織の出現によって、それまで地球を大きく3つに分けたゼロサムゲームを繰り返していた組織はまとまり、一見平和が訪れたかのように見えた。
しかしそれは超大国を始めとしたごく一握りの強国に限られ、相変わらず、いや以前にも増して紛争はあちこちで起こり、戦う力さえも尽きた国は飢え、人々は容赦なく死んでいく。
それでも主だった国は時と共に落ち着きを取り戻し、そんな頃、カタギリは彼女――クジョウと再会した。

大学院時代、今は亡きエイフマン教授の元で共に学んだ同級生であった彼女。
優秀で美しく、そして明るい性格の彼女は多くの人に好かれ、そしてカタギリもひそかに想いを寄せていた。
何物にも代え難い、愛おしい存在だった。
卒業後はほとんど音信が途絶えていたが、折に触れては大概一方通行に終わるメールを送り続けてた。
CBによる「武力介入」に対する世界の趨勢が激しくなってきたころ、出したメールに返信があり、相変わらずの美しさを、しかしどこか憂えた表情の彼女と再会を果たす。だが結局あまり多くの言葉を交わさずに、その場は別れた。

そして2年前。
ほんの気まぐれで、カタギリはその時のバーへ足を向けた。
少し雑然とした様子のカウンターに、彼女はいた。
派手な化粧と、肌を露出したドレス。
一目見ただけで、ひどく荒んでいることが分かった。とっさに声がかけられず、気怠げにグラスを揺らす彼女を見ていた。そのうち、見知らぬ男が封を切ったばかりのボトルを片手に彼女に近寄る。こちらには聞き取れない音量で何事かを囁き、彼女の白い腕がボトルに伸びた。すんでの所で男はボトルを取り上げ、そうして更に何かを彼女に囁いた。
聞かなくても、何を言っているのかが分かる気がした。それほどに淫猥な笑みを、男は見せていたのだ。
彼女は逡巡した後、手元のグラスが空なのに今更ながら気づいた様子をみせて、男に物憂いな、それでいて艶めいた微笑みを返す。男はひどく蕩けた顔をして――彼女の腰に腕を回した。

夜の街へ消えていくその背中を、ただ呆然と見送るしかカタギリには出来ないでいた。
それから10日ほど、毎晩違う男に連れられてバーを去る彼女の姿をただ見ていた。
10日の後に意を決して、渋る彼女をなかば無理矢理自分のマンションに連れ込んだ。

クジョウは荒れていた。
『あの一件』の後も荒れていたが、今度のはまた質が違った。
体に悪いとたしなめてみても、結局は泣き落とされて求められるままに酒を与えてしまう。
あの時よりももっと深く、強く、もっとやるせない哀しみと憤りに酒を飲み続ける。余りの深さに、その感情の底をのぞき込むことにカタギリは躊躇する。

2年間の同棲の間に身体は許してくれていても、どこか入り込めない仄暗い秘密を抱えるクジョウ。
ただカタギリは待つと決めたら辛抱強く待てる性格ゆえに、部屋の入り口で立ち尽くす彼女の腕を壊れ物を扱うように掴み寄せて「友愛に満ちた」抱擁をする。
「……ねえ、どうして私にやさしくしてくれるの?」
「…さあ、どうしてかな」
「私のことが好き?だったらやさしくなんか、しないで。やさしくしてくれるぐらいなら、――お願いよ、ビリー。お酒を頂戴」
うんと強いお酒を、夢も見ないほどの眠りをくれるお酒を。

もう、このやり取りも何度交わしただろう。優しくされる資格なんて私にはない、私は罪深い女なの、と繰り返す。
しかし、その「罪」とやらは未だに明らかにしない。
「お酒はもうダメだよ。過ぎたるは及ばざるがごとしだろ?」
優しく囁き、顔を隠してしまう髪の毛を払いのけ、額にちいさなくちづけを落とす。
「そうよ、及ばないの。全然、足りない。――ねえ、眠れないの。眠れないのよ」
「…分かってる」
駄々を捏ねる子供のように縋る彼女の体を引きはがし、そして友愛以上のくちづけをした。

自分を抱いている男の識別が出来ているかどうかさえ怪しいその視線の行方は、いまだわからない。それでも。
「私は罪深い女なの」
そう繰り返す彼女に、「僕は許す、いや、僕が許すよ」と応える。
「君がどんな罪を犯したかは知らないし、聞かないけれど」
優しくする以外に術を知らないカタギリは、不器用なまでの誠実さをこめて囁いた。
「君を許すよ」
いつかすべてを話してくれる日を。
いつか心から愛を交わす日を夢見て。

自分の考えが甘かったことをカタギリが思い知らされるのは、もうしばらく後の事になる。
[終]
作品名:酒と薔薇の日々 作家名:さねかずら