あなたが残したもの
その時、二人の関係は終わりを告げた。
けれど思い出や、彼女に関わるものが突然消えるわけではない。
正臣は手にしたピンクのマグカップを見ながら呟いた。
「そんな簡単に忘れられたら、苦労なんてしないよな」
***
沙樹が正臣の部屋を頻繁に訪れるようになって、しばらく経った頃。
いつものように部屋に通され、飲み物を出してもらう。
運ばれてきたのは正臣がよく使っているコップと、見慣れないコップ。
二人ともが落ち着いたところで沙樹は正臣に問いかけた。
「それ、新しいカップ?」
「そう。沙樹のカップってことで」
はい、と手渡されたピンクのマグカップを受け取り、沙樹は表情を和らげる。
会話の中で見せる笑顔とは異なるそれに、正臣もつられて笑顔になった。
「気に入った?」
「うん」
答えながら、沙樹は新しいマグカップに口をつける。
カップの中身はいつもと同じもの。
けれど沙樹にはいつも以上に美味しいものに感じられた。
「ありがとう、正臣」
「どういたしまして」
正臣の肩に首を傾け、沙樹は嬉しそうな、けれど落ち着いた声でそう告げた。
***
そんな幸せだった時間は、正臣の行動によって失われた。
彼にとって今問題なのは、このカップをどうするかだ。
置いておけば、見るたびに彼女のことを思い出し、苦い過去を思い出すことになるだろう。
けれど、処分するという選択肢はどうしても選べなかった。
処分するということは、彼女との思い出も処分することのように思えたからだ。
「それは、無いよな…やっぱ」
そう呟きながら、沙樹のものだったカップは食器棚の奥へと片付ける。
それが次に日の目を見るのはいつの日か。
少なくとも、今の正臣にそれがいつなのかは分からなかった。